猫も杓子もゴールデンウィークである。
つい数年前 ー 学生の頃まで、ゴールデンウィークなんて航空券が値上がりする有難迷惑な休日くらいの認識だった。
それが社会人になると、どうだろう。
御社も休み、弊社も休み、胸を張ってのウン連休。ゴールデンウィーク様様である。
その有難いゴールデンウィークが、明日から始まる。
コロナ禍の混乱もだいぶ収まってきた2023年4月28日。海外鉄道趣味の友人など、10人中50人は既に出国し、機上の人となっている。
かく言う私も飛行機に飛び乗り……

羽田に帰着した。
我がゴールデンウィーク渡航、完!
無論これでは話が始まらない。
私はただ、韓国への海外出張から帰ってきただけである。
本音を言えば出張先のソウルで現地解散……としたかったのだが、「家に帰るまでが遠足」である。小学生でも知っている。

前言撤回。家には帰らなかった。
空港まで迎えにきた妻から、渡航用のキャリーバッグを受け取る。
サラリーマンから、サラリーマンのコスプレをしたオタクに早変わりだ。曲がっていた背筋がぴんと伸びる。
寿司を飲んで即出国。日本滞在時間、最短記録更新である。
ちなみに用無しとなった出張用のキャリーは、妻に持ち帰ってもらった。
私の旅の一番の被害者は、いつも家族だ。
否、もういちど前言撤回せねばならない。
今回の旅に限っては、被害者はあまりに多い。
被害者 ー 私の無茶な旅に付き合わされた者は、妻・母をはじめ、これまでは両手の指があれば数えられた(多分)。
それが明日からの旅では、一気に10人以上も被害者が増える。もはや両手足の指でも足らない。
日本からの参加者、延べ14人。それに現地ガイドと運転手。
自身の企画としては最大規模の旅へ向かって、既に疲労困憊のサラリーマン風オタクもまた、飛行機に転がり込んだ。
これからの旅がどれほど支離滅裂なものになるか、微塵も気を向けないまま。
前半戦開始
深夜2時、羽田発。まずは韓国ソウル・仁川空港まで。
半日前もこの街にいた気がするが、気のせいだろう。
仁川から別の便に乗り継ぎ、外が明るくなる頃には、眼下には眩く輝く無毛の大地が広がり出す。
ゴールデンウィークというくらいだ。黄金色に輝く荒野に行かなくてどうするというのだろう。
そう、この旅の目的地は、私にとっては3度目の ー そして2ヶ月ぶりのモンゴルである。
10時55分、我が飛行機は定時にウランバートル空港に到着した。
ガイドに迎えられ、妙に親近感を覚えるモンゴルの土を踏む。
モンゴル横断鉄道へようこそ 🙇♂️#monrailpic #railfantours #toritestu #phototour #JPNgroup pic.twitter.com/KPK2KsWNAa
— Monrailpic Tours 🇲🇳🛤📷 (@Monrailpic) April 29, 2023
延べ14人参加と書いたが、この旅は前後半制。
初日から参加する日本人は6人だ。
その6人の集合地点は、モンゴルいち有名な撮影地・ホンホル。
まさかの撮影地現地集合である。
うおおおおおおおおおおおおおおおお pic.twitter.com/0VfkhNh30Q
— 虻✈️神戸かわさき10 有馬30 (@abu0705) April 29, 2023
未明にモンゴル入りしていた虻氏などは、朝っぱらから長編成客車列車の晴れ写真をキメていた。
許されない。
私含む遅参組も、空港から車をかっ飛ばし、ホンホルの撮影地に乗りつけた。
前半組、6人全員集合である。
さて、今回のモンゴル旅には旧来の私の知人のみならず、「友達の友達」みたいな方にもご参加いただいている。
早い話、私とは初対面の方もいる。
モンゴルの雄大な大地、初対面の鉄道オタク。
やるべきことは一つであろう。

名刺交換である。
トクガワ・ヨシノブが最初のトリテツをした治世から百五十年が経過した今となっても、この極東のオタク国家には「義」「礼」と呼ばれる価値観が連綿と生きている。自らを卑しめ、相手を尊ぶ。撮影地では何より調和こそが重んじられる。たとえそれが、立ち位置やキャパシティを気にしなくて良いモンゴルの大地であってもだ。
なお私はこの時既に、出張時のジャケットを脱ぐタイミングを見失っていた。
(*photo by @abu0705)
ホンホルでの撮影もそこそこに、市内に移動し腹拵えをする。
この旅で最初の食事は、清湯牛肉麺だ。
「これ知ってる、三道嶺の"三和賓館"の隣の麺屋の味!」
ガイドも参加者もみんな三道嶺行っとる。私も行った。
中国の首都なので。
さてこの後、本来ならばウランバートル駅併設の宿泊施設で仮眠タイムを取るはずだった。
しかし本日に限って、この宿が満室だという。
スケジュールに、急にぽっかりと空き時間ができてしまった。
そうだ、機関庫にお邪魔しよう。
T氏 ー 今回のモンゴル旅で頼っているガイド氏の調整力は凄まじい。
「空き時間で機関庫を見学できないか」という我々の急な要望にも、完璧な対応を見せてくれた。
ウランバートル機関庫にお邪魔すれば、そこに佇むのはM62型、2Zagal型、そしてTE2型といったモンゴル鉄道の古兵たち。
錚々たる顔ぶれに、深夜フライトの眠気も吹っ飛ぶ。
さりとて、本日の目玉はホンホルでも機関庫でもない。
機関庫見学も程々で切り上げ、ウランバートル駅に移動する。
長距離夜行鈍行 286列車
今宵の宿 ー 終着駅サインシャンドまで、500kmを10時間以上かけて走る、浪漫に満ちた純・旧共産圏式夜行列車である。
心踊る東側客車夜行寝台鈍行の旅がはじまる pic.twitter.com/Ldgb6bpAKs
— 虻✈️神戸かわさき10 有馬30 (@abu0705) April 29, 2023
低いプラットフォームに立ち込める石炭暖房の香り。
入り日の空に妖艶に輝く緑色の客車。
参加者も興奮を隠しきれない。
私自身、モンゴルの旅客列車に乗るのは実は初めてである。
モーリタニア以来の寝台列車です pic.twitter.com/7yBMqDSrwp
— エルトレンド (@el_tren_de) April 29, 2023

定刻20時58分、ウランバートル発車。
286列車はさすがに鈍行列車だけあって、10分毎くらいに停まり、小さな駅の一つ一つを拾いながら走る。
揺れで寝られないかと思ったが、仮眠を抜いた効果か、2つめの駅に停まったことにすら気付かずに私は眠りに落ちた。
目を覚ますと、列車は完璧なる荒野を滑走していた。
車掌曰く、20分遅れ。さしずめどこかで貨物列車との行き違いに梃子摺ったのだろう。
東の空が明るくなる頃、286列車はしずしずとアイラグの駅に滑り込んだ。
ボルウンドゥル支線
モンゴルの縦貫鉄道は、中国国境とロシア国境を結ぶ本線の知名度がどうしても高いが、実際には脇に逸れる支線がいくつか存在している。
そのうちの1路線、ボルウンドゥル鉱山へ繋がる支線の分岐駅が、ここアイラグだ。
私たちの乗ってきた286列車から、客車の後ろ3両が切り離された。
サインシャンド目指して走る本編成から別れ、ボルウンドゥルに向かう附属編成である。
貨物主体のボルウンドゥル支線にあって、週に2往復だけ走る貴重な旅客列車だ。
置き去りにされた3両の客車に、新たに機関車が連結される。
M62UMM-006。
角形のライトケースと、幾重にも織り込まれた警戒塗装。そして誇らしげに掲げられたソヨンボ [モンゴル国の象徴]。
厳つい出立ちの旧共産圏式機関車が、3両ぽっちの客車を引き連れて、家一軒見えない荒野を往く。
長大編成の貨物列車ばかりの本線とはまた違う、滋味に溢れたモンゴル盲腸線の世界である。
ここはどこ pic.twitter.com/pVEgNHwMaQ
— 虻✈️神戸かわさき10 有馬30 (@abu0705) April 29, 2023
素晴らしい撮影地に虻先生も大満足だ。
なお、今回のツアーでは当日どのような撮影地を訪問するかについて、事前に参加者にはほとんど伝えられていない。
本来ならばこの列車を追いかけ撮影したかったのだが、予想以上に速度が乗っていたため断念。
このまま支線を離脱し、本線沿いに南下を始めることにした。
なにせ、今日はこれから300km先の中国国境地帯まで移動しなければならないのだ。
ゴビ砂漠へ!
話の腰を折るようでなんだが、今回のモンゴルツアーでは当初、私はモンゴル南方・ゴビ砂漠訪問に消極的であった。
ロケーションは優れていても、走っている機関車は新型ばかりだからだ。
ゴビ砂漠を推していたのはむしろ、共同で幹事を務めたK氏の方だった。
ツアーの企画段階で、私とK氏の意見は激しく対立した。
だーはらくんはウランバートルから北に、僕は南に興味があるので今後僕らがモンゴル行きたいと言ってもそれは違うモンゴルであることをお知らせします。
— K • -• -•• —- (@djrj384fjr248si) February 26, 2023
危うくモンゴル性の違いでグループ解散するところだった。
モンゴル性って何?
しかし来てみれば、なんと素晴らしい荒野であろう。
緩やかな傾斜の繰り返しの中に所々で岩山があり、線路はそれを避けるように ー というよりも抱き抱えるように優雅な弧を描いている。
遥か地平線に列車の姿が見えてから、目の前にやってくるまで、たっぷり10分。
我々撮り鉄はのんびりと三脚を構え、ドローンを飛ばし、思い思いのスタイルで撮影に興じる。
撮影が終われば、車に乗り込んでまた南下を続ける。
さすがに寝台車では疲れが取れなかったのか、それとも延々変わらない景色に早くも飽きたのか、車内ではうとうと舟を漕ぐ参加者も多い。
どれ、私も瞼を閉じて、少し休むとしよう。
「まずい、貨物列車がすぐそこまで来ている!
ここで降りて! 線路端まで走って!」
ガイドが叫ぶ。
舗装道路を走っていた筈の車が急にオフロードに突っ込み、急停止し、ドアが開かれる。
嗚呼、さらば安眠。
ヘリコプタから展開する軍隊よろしく、望遠レンズやドローンを抱えた撮り鉄が車から飛び出てゆく。
「ガイドに『降りろ!列車だ!』って叫ばれてから車を全員降りて砂漠のど真ん中でカメラ構えるまで10秒とかなの特殊部隊の訓練かなんかですか?」
— 虻✈️神戸かわさき10 有馬30 (@abu0705) April 30, 2023
「いやまぁ特殊な部隊ではあるけども」
間近で見れば轟々と勇ましい貨物列車も、空撮すればまるでキャラバン ー 交易のラクダたちのように静かに進むようにも見える。
線路の継ぎ目を拾う音が、砂に吸われて消えてゆくのを眺める。
さて道草を食いながら ー いや実際には草などほとんど生えていないのだが ー 撮り鉄キャラバンも着々と南下を重ねていた。
ただ起伏を繰り返す大地に偶に見えるのは、馬、牛、羊の群れ。
ちなみにラクダは意外に居ない。
ましてや人家など。
久しぶりに建物が見えた。
「トイレ休憩!パーキングエリアだ!」と言われて車を降りたのですが、いままでの人生で恐らく一番ヤバいパーキングエリアのトイレに遭遇しています pic.twitter.com/8xiMTbKDsX
— 虻✈️神戸かわさき10 有馬30 (@abu0705) April 30, 2023
眺望良好。
しかし、道沿いに豪華パーキングエリアのある幹線道路など、まだまだ快適なほうである。
暫くすると、車はまたしても未舗装の道路 ー というよりも、赤茶けた大地に僅かに轍が見えるだけの「そこ」を進み出すのだ。
不思議なのは、そんな轍をたっぷり一時間も進んだ先に、忽然と鉄道駅が現れることである。
鉄道以外の交通手段では訪れにくい駅を「秘境駅」なんて呼んだりするが、こう、周囲に障害は無くても単に根性の面から行きにくい秘境駅というのも存在するのだと知った。
遠くから見るとこんな具合。
一般の旅客向けではなく、鉄道員の業務のために存在する駅なのだろう。
さて、我々一行はこの駅の近くで車を降りた。
ここまでの道は、石と土とで出来た荒野の轍。
しかしここから先、撮影地までは細かな砂に覆われたほんものの砂漠。
さしもの我等が撮り鉄号(定員8)も、キャタピラを履いているわけではないため、砂の上では無力である。
ならば歩いていくしかないだろう。

この子はめちゃくちゃ人慣れしてて砂山登山についてきてくれることになった近くの家のワンちゃんです。かわいいですね。 pic.twitter.com/LUcMbQoS7Y
— 虻✈️神戸かわさき10 有馬30 (@abu0705) April 30, 2023
盛り上がってきた。
犬も来た。
我々撮り鉄は、砂に足を攫われ、もがきながら丘を登る。
背中に担ぐカメラが、三脚が、飲み水が、容赦無く肩に食い込み、その重さで身体をあらぬ方向へと持っていこうとする。
この犬は ー 見たところかなりの老犬だが、それでも煽るように我々を抜かしていく。
そして少し先で立ち止まり、丘の上から我々を見下ろしているのだ。
どうにも憎たらしい。

あまつさえこの犬は、我々が遥々運んできた水を飲み干しているではないか。
実に憎たらしい。
後ろの方では気絶している参加者もいるというのに。
Gobi-safari-railfanning tour is successfully going on the way! pic.twitter.com/vB6lzAGNgC
— Monrailpic Tours 🇲🇳🛤📷 (@Monrailpic) April 30, 2023
この絵面はどう見ても
"successfully going on the way"
ではない
幹事として、少し心配になってきた。
我々は安くない旅費を払って、モンゴルの辺境まで撮り鉄に来ているのだ。
それがなんだ。
昼寝だ?
犬を囲んでスマホで撮影会?
もうみんな撮り鉄に飽きたのだろうか。
もっと真剣にカメラを握って欲しい。
か゛わ゛い゛い゛な゛あ゛
はわわ
やっぱ一眼レフで撮った写真は違いますね。
撮影を終えて(犬だけでなく列車も撮った)、また砂の道を歩いて車まで戻る。
砂の上を歩くのにようやく慣れてきたと思ったら、不意に足元がゴツゴツした石の荒野に戻ったりする。
どこが砂で、どこが石や土なのか。
どこまで車で到達できて、どこからは歩く必要があるのか。
この土地に長けた人でなければ、そこをすぐに見誤って、車をスタックさせてしまうだろう。
ここからでも入れる保険があるんですか?? pic.twitter.com/oB831Ja62r
— 虻✈️神戸かわさき10 有馬30 (@abu0705) April 30, 2023
スタックしていた。
我々の撮り鉄号ではない。誰の車だろうか?
さしずめ、異国から来た別の撮り鉄の車に違いない。
土地勘もないのに無茶したのだろう。
ガイドのT氏「あそこの駅の駅長の車です」
駅長????????????
ゴビ砂漠は、地元の方の車をも簡単に呑み込む恐怖の大地であった。
何はともあれ、ここで困っている駅長を助けなければ、撮り鉄の名折れ。
我々は渾身の力を振り絞って、車をスタックから助け出した。
今日は体力を使う日である。
駅に戻ったら知らんおっさんがいて、ガイドさん曰く「俺の友達の駅長の車が砂漠でスタックしてるんで皆で助けてくれ」などと言われ、順調にハチャメチャが押し寄せていますが大変楽しく生きています pic.twitter.com/H6Y7RyJx8U
— 虻✈️神戸かわさき10 有馬30 (@abu0705) April 30, 2023
「助かったよ、お礼にいいものを見せよう」

駅長?
どうして車のトランクから骨を取り出したんです?

!?


!?!?!?!?!?!?!?
コーラの瓶ほどもある動物の骨を、素手で叩き割る。
モンゴルにおける、強い男の証らしい。
車のスタック、駅長ひとりで解決できたでしょうに。
呆然とする撮り鉄一行を後に、駅長は車に乗り込むと砂漠の向こうに消えていった。
いずれにせよ、今回の駅長お助け作戦でだいぶ撮り鉄としての徳が貯まったことだろう。
先程まで僅かに見えていた雲も消え、天気晴朗。
撮り鉄の女神は微笑み続けている。苦笑いかもしれないが。
この晴れを無駄にはすまい。
ー むしろ、最大限に生かすべく勝負に出たい。
ゴビ砂漠1日目の終わり、狙うは中国国境発・首都ウランバートル行きの夜行列車。
定時運転ならば、日没ギリギリの輝きを狙えるはずと踏んで、我々はНартын хошуу駅近くの線路端に立った。
果たして。
Баярлалаа......
感謝。
神よ、我をモンゴルに連れてきてくれて、ありがとう。
モンゴル特有の改造機関車・2ZAGAL型を先頭に、20両以上連なる共産圏型の寝台車。
駅からの加速で噴き上がる黒煙。
それらを、地平線スレスレから差し込む夕陽が染め上げる。
首都行きの客車が遠く丘の向こうに消える頃、太陽は完全に沈み切った。
これにて本日の撮影終了。
あとは中国国境の街・ザミンウードまで、50km足らずを車で移動するだけである。
電停に戻ったら尻手るおっさんがいて、しゅうさん曰く「徳Pが足りなくてスタックしてるんで皆で助けてくれ」などと言われ、順調におひょーが押し寄せていますが大変楽しく生きています https://t.co/YLnNqphdym pic.twitter.com/yv3fesi6vN
— 尻手人 (@shitte641000) May 1, 2023
その頃欧州では、徳の養殖が行われていた。
2ZAGAL型は撮れましたか……?
背中の方に見えていた赤い空はすぐに薄れ、街灯すらない道路が宵の地平線に続いている。
ふと、その先に街明かりが見えた。
中国との国境の街、ザミンウードだ。
つい昨夜に発ったばかりのウランバートルと比べても余程小さな街のはずだが、今日一日の旅を経た後では、ずいぶんな大都会に見えた。
夕飯を ー この日最初の食事を平げて、駅の横の宿に這入った。
深夜フライトやら夜行列車やらが続いたので、揺れない寝床は久しぶりだ。
窓を開ければ、共産団地の向こうに星空が見える。
明日も晴れだろうか。明日は、どんな写真が撮れるのだろうか。
天気 ちり煙霧
ついに来てしまったな……sand stormが…… pic.twitter.com/tcomaZ1f3R
— 虻✈️神戸かわさき10 有馬30 (@abu0705) May 1, 2023
モンゴル3日目。
砂嵐がやってきた。
ついに、我々は本当のゴビ砂漠と対峙することになる。
昨日までの穏やさはどこへやら、この赤茶けた大陸は急に我々撮り鉄に牙を剥き出す。
焼けた砂の臭いが鼻をつく。
保護具を着用せねば、すぐに目と呼吸器を痛めてしまいそうだ。
本日のコーデ「黄砂を許さない」 pic.twitter.com/fClA7S3GQc
— エルトレンド (@el_tren_de) May 1, 2023
不審者
しかしこの砂嵐こそ、幹事組(K氏と私)が真に求めていたゴビ砂漠の姿であった。
その荒野が過酷であればあるほど、鉄路は輝く。
飛ばない砂はただの砂だ。
さて我々は、なにも単にモンゴル鉄道の東端まで踏破するためだけにザミンウードに来たわけではない。
本日狙うのは、モンゴルと中国の国境を越える列車たちだ。
モンゴル側と国境の緩衝地帯を隔てるフェンスに張り付き、カメラを構える。
国境フェスにへばり付く我々一行🤓 pic.twitter.com/lfOvH65vYu
— いよし (@shohei_makkiiro) May 1, 2023
不審者たち
マスクとゴーグルで顔を隠した男たちが、国境のフェンスから望遠レンズを覗かせる。
事前にガイド氏が話を通していなければ、まず列車の前に銃弾が飛んできそうな行為である。
良い子は真似しないでほしいし、悪い子でも適切な手順を踏んでから真似してほしい。
暫く待つと、褐色の空気の向こうに列車の姿が浮かんだ。
この国境越え運用は、古豪・2M62型ディーゼル機関車の独擅場。
聞くところによると建築限界の都合上、より大きい車体を持つ新型機関車は、この国境区間に入線できないらしい。

砂が大好き! FOO!
先程まで「黄砂を許さない」とか宣っていたエルトレンド氏もすっかりご満悦である。
なおこの後、氏は砂漠にカメラ(GR3)を落として無事お釈迦にしていた。
この旅はじめての物理的被害が出てしまった。
さて、国境列車の本数はかなり多く、眼前を次から次に2M62が通過していく。
もしかしたらここは、モンゴルで最も列車が輻輳している地域かもしれない。
砂嵐はますます快調。
何を撮ってもセピア・モードの世界である。
ただし、もとより2M62の活躍する国境区間はごく短い路線である上に、
砂嵐とあっては遠目が効かないため、撮影のバリエーションは自ずと限られてくる。
そこで少し趣を変え、国境列車撮影の合間に、ザミンウード機関区や、その脇の踏切小屋などにお邪魔した。

ぼちぼち撮影を切り上げ、昨日来た道を戻る。
国境地帯に別れを告げた我々の、今夜からの根城はエルデネ。
ザミンウードからは北西に100kmほど。
端から端まで1kmくらいしか無い、小さな集落である。
ウランバートルもサミンウードも立派な「街」であったが、ここエルデネは開けた大地の中に家が多少集まっているだけというような風情である。
遊牧民族の何家族かが偶然同じ場所にゲルを構えて、それがそのまま村になってしまったのではないか、などといった想像すら膨らみだす。
そんな集落の商業施設といえば、「スーパーマーケット」と名乗る12畳くらいの個人商店くらいだ。
ホテルもレストランも、当然存在しない。
我々撮り鉄一行は、今夜は路頭に迷うしかないのか。
「ところで今日の宿だが」
— 虻✈️神戸かわさき10 有馬30 (@abu0705) May 1, 2023
「はい」
「モンゴル鉄道の職員宿舎を借りて泊まることになっている」
「今なんて?」 pic.twitter.com/cc2ad3idbM
鉄道職員宿舎に泊めていただきましょう。
過酷な砂漠の環境下でスケルトンになってしまったミニオンズに出迎えられ、部屋に通される。
ベッド ー 木製の台に布が敷いてあるだけの「それ」が6つと、テーブルがあるだけの質素な部屋だが、軒を貸してもらえるだけでも有難い。
荷物を下ろすと、疲れと空腹がどっと襲ってくる。
今日も昼飯抜きの一日であった。なにか滋養のあるものを食べなければ、明日はもう動けない。
何はともあれ飯だ。レストランに行こう。
……そういえばこの街には、レストランも無いのであった。

地元の奥様方がうどんを持ってきてくれた。
先程まで疲労感に支配されていた撮り鉄たちの顔は、
いまや部活帰りでいまかと夕飯を待つ中学生のように輝いている。
皿を受け取るや否や、男たちは床に座り込み、一心不乱にうどんを啜り出す。
ああ、旨い。
肉と塩と大蒜の味。
身体が喜んでいる。
心の底から、旨味を感じる。
その味は後に、モンゴルを旅した撮り鉄たちの間でエルデネうどんとして語り継がれていくことになる。
塩を入れて味を調えていざうどんを投入
— いよし (@shohei_makkiiro) May 6, 2023
もう香りが完全にエルデネです pic.twitter.com/mJGBOiOjC2
エルデネうどん友の会 pic.twitter.com/PduUJE1mrJ
— エルトレンド (@el_tren_de) May 20, 2023
お前もエルデネうどんを作らないか?
せんべい布団という言葉すら生温い布の上で目を覚ます。
身体の節々が痛い。
男たちはのそのそと起き上がり、窓の外をぼうっと眺めていたりする。
ここはモンゴル。我々はそれを思い出す。
旅のはじめ数日にあった高揚感は、徐々に薄れてきた。
早くも、慣れが始まっている。
今日もまた、昨日と似たような過酷な1日が始まるのか。
程なくして、ガイド氏が出発の掛け声を上げた。
「今日も頑張ろう、夕飯はまたうどんだぞ!」
それならば、昨日と似たり寄ったり、大歓迎である。
とはいえ、4日目という頃合いが、本国に置き去りにしてきた仕事や家庭を思い返させるタイミングであることもまた確かである。
列車来ないのでゴビ砂漠で原稿します…… pic.twitter.com/pExGqWgbmX
— 虻✈️C102・1日目東ケ01b (@abu0705) May 2, 2023
原稿のことも思い出させてしまったらしい。
モンゴルの荒野を駆ける美少女撮り鉄イチャイチャ漫画が生まれる日も近いことだろう。
私の姿は、本人に似て真面目で物静かな初霜ちゃんにでも代理してもらいたい。
ドローン部隊は本日も快調。
しかし朝から撮影を続けるにつれて、撮り鉄たちはある違和感を抱き始めていた。
新型機関車しか来ない……。
やはり、慣れとは恐ろしいものである。
2日目の2ZAGAL牽引夜行列車や、3日目の国境反復横跳び2M62を撮影した我々は既に目が肥えてしまっていた。
「撮れればなんでも幸せ」のマインドから一転、今の我々は「次の機関車は何か?」ばかりを気にしている。
新型機関車ばかり来るので、苦労して高台に登ることもやめてしまった。
ただでさえ朝から脚が痛みっぱなしなのだ。
代わりにその辺りから石を拾ってきて、線路端に適当なお立ち台を作る。
さながら元寇に備える鎌倉武士だ。
ふと、背後から風に乗ってエンジンの音が聞こえてくるのに気づいた。
カメラを準備していたのとは、逆方向からの列車の音だ。
あまり良いアングルにはならないが、いずれにせよコレも新型機関車だろうから、気にすまい。
あ゛
あれは 誰だ 誰だ
わたくし「ZAGAL〜〜〜〜!!!!!!!!!!!!!」
初霜ちゃんなら発さないであろう野太い声で、私はZAGAL型の接近を叫んだ。
それと同時に、数百メートル先の高台目指して駆け出す。
荒野に散らばっていた撮影者たちも、我が雄叫びを聞いて一斉に出走した。
モンゴル競馬場 ザガル杯 ダート300mである。
ZAGAL.............
なんとか高台の頂に間に合った。
目眩と痺れと戦いながらファインダーを覗くと、ちょうど2ZAGAL-003号機率いるコンテナ貨物列車がS字カーブを駆け抜けるところであった。
2ZAGAL型の中でも特に美しいとされる、M62初期型ベースで改造された2ZAGAL型である。
来ると思って準備していた方向とは逆からエンジン音が。
— いよし (@shohei_makkiiro) May 2, 2023
そしてそれがまさかの名機ZAGAL。
砂漠の山を駆け上がり何とか撮れました。 pic.twitter.com/OsZRY9mHiT
33歳児による登坂ダッシュの限界 pic.twitter.com/QPNRPwIcNk
— 虻✈️C102・1日目東ケ01b (@abu0705) May 2, 2023
僕にもう少し体力があれば電柱は機関車にかからなかった 体力は全てを解決する……
— 虻✈️C102・1日目東ケ01b (@abu0705) May 2, 2023
撮影を終えて周りを見てみると、果たして他の撮影者は誰もこの高台を登り切っておらず、中腹あたりでカメラを構えていた。
この時ばかりは自らの体力を褒めてやりたい気持ちになったものだ。
……体力?
この撮り鉄軍団随一の体力おばけの姿が見えないではないか。
千載一遇のチャンスを、まさか彼が逃すとも思えないが……。
ZAGAL! pic.twitter.com/AbcXn9KFOd
— エルトレンド (@el_tren_de) May 2, 2023
ドローンとかそういうのは良くないと思います
若干一名のチート使用者を除いて全員が疲労困憊となったため、我々はゆっくり座れる場所を求めて近くの駅に移動した。
行き違い設備があるだけの小さな駅。
周りに建物が3棟くらいあるが、これも民家ではなく、鉄道員の宿舎のようだ。
爽やかな緑色の屋根が、黄褐色の大地にあって実に美しい。やはり、どこか大陸的な色遣いだと感じる。
しかし、周辺人口10人か20人かというごく小さな駅に突如日本人オタク6人が押し寄せた訳であって、当然ながら我々はかなり目立っていた。
「彼らは何をしているだろう」とでも言いたげに、住民の方々がこちらを眺めている。
今こそ、私の鍛えてきたモンゴル語の出番である。
「ヴィ イポノス ティムル ザム シニェルホビッチ!!」
(私は日本から来た鉄オタです)
………………………?
どういうわけか私の華麗なモンゴル語は通じなかったが、美味しいお茶とお菓子を出していただいた。
無害な変態の集まりであることは伝わったのだと思う。
これはゴビ砂漠ど真ん中の駅のまわりをうろうろしてたら地元のおじいちゃんからお茶とお菓子の空間をいただいてしまい寛ぐオタクたちの図 pic.twitter.com/1euoCN07YU
— 虻✈️C102・1日目東ケ01b (@abu0705) May 2, 2023
陽が傾いてきたので、またエルデネの集落に戻る。
宿に帰るまえに、エルデネの街のスーパーマーケットに立ち寄り、ビールや翌日の朝食(カップ麺)を仕入れた。
この街で一番大きな商店のようだ。
品物の数が100しかないから百貨店……などと冗談を言いたくなったが、しっかりクレジットカードも使えたので恐れ入った。
絶品エルデネうどんをいただき、就寝。
今日はついに刑期、もといゴビ砂漠での修行期間が終わり、大都会ウランバートルに戻れる日である。
宿もとい保線宿舎を発つ撮り鉄たちの足取りも、心なしか軽い。
さらばエルデネ。
さらばゴビ砂漠のわんこたち。

程良く日差しの降り注いでいた昨日とは打って変わり、本日の空は完全な砂曇りである。
おまけに風も強い。
砂の粒子がびしびしと身体に打ち付けられる感覚がある。
こういう日は機関庫にお邪魔するに限る。
この旅3箇所目の機関庫、スフバートル機関区。
モンゴル縦貫鉄道の南部を支える一大拠点として、多数のTE116やM62が整備を受けていた。
とはいえその雰囲気は、ウランバートルやザミンウドの機関庫と大きく変わるものではなさそうだ。
旧ソ連の影響下で整備されたという背景に拠るのかどうかは知らないが、それぞれの機関庫の地域差というものはあまり感じられない。
なにか目新しいものはないかと思いながら歩き回り、
そのまま裏手に出た。
M62の墓場があった。
10両以上のM62が、無造作に留め置かれている。
いささか不気味で怯んでしまった。
モンゴルの機関車は、一度引退してもエンジンを載せ替えたりして復活することがよくあると言う。
彼らもこの引き込み線から、再び本線に躍り出る日を待っているのだろうか。
片目のライトケースの割れたM62が、砂嵐のなかでじっと此方に視線を向けてくるようである。
気を取り直して、車庫を辞し、再びウランバートルに向けての移動を開始する。
車移動だが、幹線道路はところどころで線路に接近するので、道中どこかで撮り鉄のチャンスがあるかもしれない。

前言撤回。
撮り鉄なんて言っている場合ではない。
まずはこの砂嵐の中、安全にウランバートルに辿り着けるかどうかを考えねばならない。
そもそも、この砂嵐のなかでは、例え100m先の線路に列車が居てもそれに気付くことは不可能だろう。
見えた。
見えた。
あれは確かに列車だった。
撮り鉄たちは互いに目配せをする。
そして、ガイド氏に伝えた。
「左に朧げに貨物列車が見えるので、
我々は加速してこれを追い抜いたのち、
車を降りて線路際に駆け寄り撮影します!」
ガイド氏「Crazy...」
この人(ガイド氏)にだけは言われたくなかった。
眼前の道路は砂嵐の先に消えていく。
その更に先を目掛けて、我らが撮り鉄号のエンジンが高く嗎く。
やがて、道路と線路が最接近する地点に至った。
急制動をかけた車から、勢いそのまま撮り鉄が飛び降りていく。
打ち付ける砂の雨の中を、もがき、走り、線路の脇まで辿り着いた。
黒煙を噴き上げ駆け行く、ソ連型のディーゼル機関車。
貨物列車の後尾が霞むほどの砂嵐。
これでこそ、ゴビ砂漠まで来た甲斐があったというものではないか。
いまや、撮り鉄たちは完全に満足し、安堵していた。
本当に、あとは安全にウランバートルに戻るだけなのだ。
そうは行かないのがモンゴルである。
どうも冷却系統の調子が悪いらしく、車が止まってしまった。
運転手氏が車を直しているのを、ぼうっと眺めている。
冷静に考えれば、1台の車に何人もの撮り鉄の命を預けて、かなりタイトなスケジュールで走り回っているのだから恐ろしい話である。
今回は故障した場所が幹線道路上なので、いざとなれば助けを呼べる。
しかし、もし荒野で二進も三進も行かなくなったらどうなるのだろう。
幸いにして今回の修理はすぐに終わり、我々はまた(やや速度を落として)ウランバートルへの道を進み始めた。
途中、ウランバートル名物の渋滞を満喫したりしながら、無事にホテルに辿り着いた。
東横インに着いたんだけど前に停まってるトラックがこれなせいでもう完全に日本なんだが???? pic.twitter.com/GO8jkia6eb
— 虻✈️C102・1日目東ケ01b (@abu0705) May 3, 2023
帰国?
え……当たり前だけどウランバートルの東横インの部屋マジで東横インじゃん ウケる pic.twitter.com/7lc3qNvPJR
— 虻✈️C102・1日目東ケ01b (@abu0705) May 3, 2023
出張先?
ウランバートルに来たら泊まりたい宿No.1として名高い東横インウランバートル店に投宿。
撮り鉄たちは異国情緒を完全に喪失した。
なお私は思いつきで東横インの会員証を作成した結果、
砂漠で草臥れ果てた撮り鉄の顔がキリル文字とともに記載されるという大変出張先で使いにくい会員証を獲得するに至った。
なお、ウランバートルで東横インの会員証を作成すると日本で作成するより割安であるが、
この情報が広まると全社会人がウランバートル訪問で経費節約するようになるので黙っておく。
前半戦終了!
さて、本日をもってモンゴル前半戦・ゴビ砂漠進撃は終了。
明日からは撮り鉄チームのメンバーを一部入れ替え、後半戦・シャリンゴル進撃に移行する。
前半から後半へと通しで参加する幹事組・エルトレンド氏は、実に3日ぶりの風呂を浴び、湯船にも浸かり、束の間の休息を得たのであった。
後半戦開始
未明の東横イン ウランバートル店。
ロビーには、10人を超える日本人が大荷物を抱えて集結した。
モンゴル後半戦、ウランバートルより北に進軍する後半戦部隊である。
さすがにこの人数を車1台で捌くことはできず、我らが撮り鉄号もついに2台体制となった。
オタクと機材を満載して、一路北へと進路を取る。
とりあえず肩慣らしにと、ウランバートル近くで客車列車を捕まえることにした。
TE116型が共産圏型客車を引っ張ってきて、モンゴルに着いたばかりの後半戦参加者は大喜びしている。
すぐにM62でないと満足できない身体にしてあげますからね。
その時、ガイド氏が私にぼそっと耳打ちした。
「貨物列車がもう一本来るらしいんだけど……」
良いじゃないですか、じゃあ少し移動して待ち構えましょう。
「どうも牽引機が、2M62MM-004みたいで……」
困ったことになった。
2M62MM-004とは、2023年時点でのモンゴルが誇る最高の機関車 (要出典) である。
M62型初期車特有の大型スカート、丸目ヘッドライトなど、同国のM62シリーズの中でも一際美しい車両だ。
その2M26MM-004がいま来てしまうというのは、困った話である。
というのも、我々のリサーチでは、この機関車はこれから我々が向かうシャリンゴル支線で走っているはずだったのだ。
そして我々は後半戦の数日間を使って、シャリンゴル支線でこの機関車を舐め回す予定だったのである。
いま2M62MM-004が本線を南下していってしまった場合、シャリンゴル支線では同機を撮影することは不可能となる。
代わりにどんな機関車が運用に入っているのかもわからない。
果たして、我が苦悩を嘲笑うかのように、お立ち台には事前情報通り2M62MM-004が現れた。
この機関車はこのまま、数日前まで我々がいた南端部ザミンウードまで行くという。
シャリンゴル支線でこの機関車を撮影することは、もはや絶望的となった。
前提として、モンゴルの機関車運用はよくわからない。
北の方にいた機関車が、いつの間にか南に移動していたりする。
故障や老朽化で退役した機関車が、いつの間にか復活していたりもする。
女心とモンゴルの機関車である。
ダルハン到着
そうこうしているうちに、シャリンゴル支線の起点ダルハンに到着した。
さて、今日の支線で運用に入っているのはM62か、TE116か。
M62であれば、それは丸目なのか。
神よ! 祈る私の前に、その機関車は現れた。
2M62MM-021
大型スカートでこそないものの、丸目を維持したその姿は大変好ましい。
おまけに前面窓にモンゴル国旗柄のサンバイザーが付いている。これは好みが分かれそうだが。
ともあれ、予定通り明日からシャリンゴル支線でM62祭りを楽しめることが判り、幹事としては胸を撫で下ろしたのであった。
安心したら腹が減ったので、早いが夕飯とする。
今日の食事はコンフォートホテルでいただくことになった。
念のため書いておくと、こちらは東横インと違って日本の同名ホテルとの関係はない。
中国蒸汽撮影ツアーの大先輩の言葉を借りるならば、美味い酒は勝利の必須条件である。
我々もまたその言葉に従ってウォッカで泥酔し、翌日からの撮影に備えたのであった。
ダルハン撮り鉄の朝は早い。
シャリンゴル支線の1本だけの下り混合列車は、ダルハンを朝4時に出発する。
走行写真を撮るには光量が足りないので、我々はシャリンゴル支線の道中の駅に向かった。
駅といっても、枕木を積み上げた「プラットフォーム」の他には、周囲に家2軒と牛舎2軒があるだけだが。
昨日の下見通り、2M62MM-021号機が充当。
未明のモンゴルの空に、真っ黒な排煙が立ち上る。
車に乗り込み、そのまま終点のシャリンゴル炭鉱まで混合列車を追いかける。
今更であるが、この2M62MM-021号機関車、北側のヘッドライトはなぜか角形に換装されている。
さしづめ踏切事故か何かで当初のライトが損傷し、他の車両のライトと振り替えたのだろう。
活躍期間が長く形態も多様なM62シリーズでは、ままある話である。
シャリンゴルからの折り返しは、混合列車ではなく普通の貨物列車となった。
天気が今ひとつなのと、線路脇に延々と交換用のコンクリート枕木が置いてあるのがいただけない。
ガイド氏も頭を抱えて、
Fxxking Pillows!
と叫んでいる。
あの、もうちょっとお上品な言葉遣いでお願いします。
天気と枕木に悪態をついていると、我々の撮り鉄号もガタガタ言い出した。
はじめは車にも撮り鉄的マインドがあるのかと思ったが、どうやらそうではないらしい。
「サスペンションが破断しました」
今なんて?
ゴビ号、Vカットと引き換えにサスが死亡し緊急入庫 pic.twitter.com/kPKktRXCRx
— エルトレンド (@el_tren_de) May 5, 2023
2台の車のうちの片方が、ついに過酷な撮り鉄旅に耐えかねて故障してしまった。
街に帰って来られて本当に良かった。
幸いにして修理はすぐに完了したので、街に戻ってきたついでにダルハン機関区にお邪魔することにした。
だいぶ青空も戻ってきた。
希少なTE10改造ZAGALなども現れて、怪我の功名である。
その後はぼちぼち寄り道をしながら、またシャリンゴル支線へと戻った。
狙うはシャリンゴル19時半発、混合列車の折り返しである。
日没前ギリギリの発車を、シャリンゴル発車後の山が開ける所で待ち構える。
偵察がてらドローンを飛ばすことしばし、長い影を引き連れて混合列車が現れた。
夕陽をうけてモンゴルの赤い大地をゆく、2M62牽引の混合列車。
看板ひとつない「駅」に停まり、羊の群れを横目に、とぼとぼと往くその列車が視界の外に消えるのと同時に太陽も沈みきり、この地の一日が終わった。
撮影最終日。
始まった頃は無限に続くかに思えた旅程は、いつの間にかあとわずかである。
限られた時間を有効に。
ここからは時間のロスは許されない。
朝陽を受けて南に向かう、大陸横断貨物。
新型機関車ではあるものの、まずは一発、よい滑り出しである。
このまま、またシャリンゴル支線に向かうとしよう。
「冷却水漏れが止まらない」
今なんて?
マジで何の何の何?
実際のところ、昨日故障した方ではないもう一台の車で床下の冷却水配管が外れてしまい、そのせいでクーラント漏れが止まらなくなっていたようだ。
数日前の僕「こんな運転でも車は耐えてくれるんだな。これなら自分ももっとできそうだな」
— Кэн Эндоу (@djrj364fjr248sy) May 5, 2023
今の僕「やっぱ無理だったか」
遠征先で自動車を壊すことで有名な共同幹事K氏も、流石に唸っている。
昨日のサスペンションはちょいちょいと溶接したら治ったが、今回はどうなるのか。
ここから先の撮り鉄は断念せざるをえないのか。
デテン!!「ミネラルウォーター!」 pic.twitter.com/aGeLGjwDfN
— エルトレンド (@el_tren_de) May 5, 2023
「漏れるものはしかたがない。
無限にミネラルウォーターを補充しながら走らせよう」
そんなことあります?
果たして、撮り鉄号改めモンゴル散水号と化した我らが車は、再び荒野の道なき道を進み出す。
進路、シャリンゴル支線。
来年くらいにモンゴルの線路端が緑化されていたら、それは我々のせいである。
しかし、冷却水配管が外れた状態で道なき荒野に出るなど正気の沙汰ではない。
こんなところで立ち往生でもしたら、生死はともかく帰国便を逃すことは確実だ。
撮り鉄たちの帰国を賭けた最終決戦が始まった。
昨日ダルハンの機関庫で撮影した2M62とTE10改造ZAGALが、プッシュプル運用でやってきた。
私はこのあと (精神的に) 疲れて昼寝をしていたが、他の参加者たちは近くのゲルにお邪魔したり、野生動物を撮影したりしていたらしい。
撮り鉄であることを忘れそうになったこともしばしば。 pic.twitter.com/OkI1EFNL21
— TK Street (@TK__Street) May 14, 2023
うらやましい。
そのころのわたくし。
さて話は変わるが、今回のモンゴル後半戦には私の大学の先輩であり、編成写真に並ならぬ拘りを持つG氏にもご参加いただいていた。
後半戦のここまでの行程では日本的編成写真を撮れる撮影地が少なく申し訳ない思いをしていたが、太陽の動きと運用を読むに、いよいよそのチャンスが巡ってきたようである。
満を持して、我々はシャリンゴル支線随一の日本的お立ち台に向かった。
撮影地に辿り着いた瞬間、まだ列車が来ていないにもかかわらず、G氏は叫んだ。
「百点!」
それもそのはず、電線1本、影1つすら障害物がないストレートなど、なかなか拝めるものではない。
あとは良い光線のタイミングで列車が来るのを待つだけである。
一時間ほど待っただろうか、ふいに風の向こうからエンジン音が聞こえてきた。
広大なる大地を往く、丸目の2M62。
これぞシャリンゴル支線、これぞモンゴル。
さて、そろそろウランバートルへの帰途に着かなければならない時間帯である。
名残惜しいが、この美しい土地ともお別れだ。
馬も撮れたことですし。
馬勢に生まれたての子馬の写真をお送りします。半ば野生で飼育され痩せこけた母体から生まれた仔馬は弱く感じ途中ダメかもと思いましたが、やっと自力で立ち上がってくれて嬉しかったです。一度立ち上がればすぐ近くに小走りしてびっくりしました。 pic.twitter.com/btXDSUhaYA— Кэн Эндоу (@djrj364fjr248sy) May 7, 2023
これ本当に撮り鉄旅?
嘘みたいな話ですが、線路下の馬羊牛用のトンネル(高さ1.6mくらい)に入る際に思い切り頭をぶつけ、その衝撃で前歯が折れました。
— エルトレンド (@el_tren_de) May 6, 2023
知らんうちにレンズと前歯失くした人がいる?
これ以上の物理的損害が出る前に早急に帰ろう。
ただ一つ、途中に寄り道を……。
あああああああああああぁぁぁぁぁぉぁぁぁぁ!!!!!!!ありがとうロシア鉄道!!!!!!!!ありがとうモンゴル!!!!!!!!!!😂😂😂😂😂😂😂😂😂😂😂🤣🙂 pic.twitter.com/ZJstZhobS0
— TK Street (@TK__Street) May 6, 2023
3年4ヶ月ぶりに見る生のロシア客車に涙
— TK Street (@TK__Street) May 6, 2023
ウランバートルからロシアに直通する列車を撮影した。
客車は赤いrzdマークの入ったロシア鉄道塗装だ。
普通こういう時の「涙」は比喩表現だと思うのだが、この時当人は本当に泣いていた。
気楽に行くことが叶わなくなったロシア、次に我々がその土を踏むことができるのはいつになるのだろうか。
何はともあれ、我々はついに荒野に取り残されることなくウランバートルまで帰ってきたのである。
帰国便はみなバラバラなので、夜のうちに参加者との別れを済ませた。
あとは日本に帰るだけ。
寂しい気もするが、全員無事で帰るのが幹事としての何よりの幸福である。
帰国日である。
私は他の参加者よりも遅い便での帰国なので、ゆっくり起きて支度をして、空港に向かった。
他の皆はいまごろ機内で爆睡していることだろう。
エルトレンド兄貴と空港で感動の再会。 pic.twitter.com/5qm4p6ZavG
— TK Street (@TK__Street) May 7, 2023
あなたはもう飛行機に乗っているハズでは?!
遡ること数時間。
どうやらエルトレンド氏の乗る飛行機が忽然と消失していたらしい。
氏はGR3を砂に突っ込みレンズと前歯を置き土産にしてくるだけでは飽き足らず、ついに帰国便を消すことすら決行したのか。
いくらモンゴルを離れたくないからとはいって、やりすぎである。
【悲報】アエロモンゴリア ウランバートル→成田 便が消滅
— エルトレンド (@el_tren_de) May 6, 2023
アエロモンゴリア職員に尋ねても「I don't know that flight」の一点張り。 pic.twitter.com/OUxd76MaKb
さすがにかわいそう。
本人はというと、呑気に空港の駐車場で鼻リコーダー二重奏をやっている。
どうみても壊れてしまった人だ。
モンゴルツアーが楽しみすぎて、僕はリコーダーまで持ち込んでんだ。
— エルトレンド (@el_tren_de) May 7, 2023
ただだだアエロモンゴリアとagodaが許せないだけなんだ。
それでは聞いてください
「モンゴル国歌(二刀流ver)」 pic.twitter.com/PREs3yeL1V
紆余曲折あったがここに書くと長すぎるので全て省くと、最終的に同氏も急遽手配した別フライトで帰国していた。
今度こそ本当に、モンゴルツアー完遂である。
羽田着弾!ありがとうモンゴル、ありがとうPeach。
— エルトレンド (@el_tren_de) May 7, 2023
そして永遠にさようならアエロモンゴリア。
これにてぼくのモンゴルツアー終了!
あとはagodaに返金してもらうだけ#アエロモンゴリア pic.twitter.com/ImoiJFawke
最後のトラブルに全てを持っていかれてしまった感はあるものの、天気にも砂嵐にも恵まれ、望んだ被写体も撮ることができ、手前味噌ながら充実したツアーとなったのではないかと思う。
ただ、やはり疲れた。
これを読んでいるあなた。