Chapter.1 復興

入道雲を睨みつけても、暑さはちっとも和らがない。
駅の売店で買った缶ビールが、左手の中で徐々に温くなっていく。
電光掲示板の「晩5分」の文字に気を揉んでいると、やがて陽炎の向こうに、琥珀色の機関車が見えた。


制輪子の低い唸りと、空気の漏れる音とを残して、その汽車は私の前に停まる。
客車の二枚折戸を押し開ける。機械油の匂いのするデッキから、もう一枚扉を隔てた客室に這入れば、そこは冷房の効いた天国。ビニール張りの椅子も、なんとも南国風情である。
乗客は、私の他には誰も見えない。遠慮なく、音を立ててビールの缶を開ける。



なにせ10両以上が連なった客車列車なので、ゆっくり動き出し、ゆっくり停まる。台湾の南東の方は、大きな街も少なく、線路は川や海の縁に沿って軽く蛇行しながら続いている。時折、西の山肌に龍のような細長い雲が見える。万事が穏やかで心地よい。
眠気に抗いもせずにただ車窓を眺めていると、思ったよりも早く終着駅に着いてしまった。
Chapter.2 行李

プラットホームの端に留め置かれたオートバイの数を見て、もうすぐあの列車が来るのだと悟る。
荷物列車。
日本ではとうの昔に失われた光景が、台湾では未だ生きていた。



藍い客車の大扉から覗く、山吹色の車内。
鈍く輝く板張りの床、郵便棚の前の小さな椅子。
いつまでも眺めていたい私の気持ちと裏腹に、荷役は早業で終わり、荷物車は夕闇に溶け込んでいく。
ホームには、玉蜀黍の青い香りだけが僅かに残っていた。


Chapter.3 莒光

地下駅のホームの縁に埋め込まれた灯りが、チカチカと瞬く。
夜の滑走路に降り立つかのように、トンネルの向こうからその汽車は姿を現す。
家路を急ぐ人、旅に誘われた人、はたまた……。それぞれの夜に向けて、汽笛が谺する。






客車列車の最後尾は、車輪が線路を叩く心地よいリズムが響くのみ。
幾つもの暮らしが、曳光弾のように遠ざかってゆく。




空が白んでくる。
豆乳の香り漂う踏切を抜け、まだ静かな寺院を掠め、汽車はゆく。
寝惚け眼の乗客たちがぽつぽつと降りてゆき、また乗ってくる。客車の中の空気が、新しい1日のそれに徐々に変わっていくのを感じる。
私はそれがどこか寂しくて、結局終着駅まで、その汽車に揺られ続けた。

あの汽車たちを台湾の島に追いかけた日々が、終わる。
茹だる陽光、気紛れな雲、牙を剥く雨粒との足掛け十年の駆け引きも、もはや思い出となる。
さらば、愛しき琥珀色の巨人たち。
さらば、青春の日よ。