筆者は某大の建築学科に在学しているのですが、この学科が一年生の夏休みに課す名物課題(?)として「建築採集」というものがありました。その名の通り、各地の名建築の絵をたくさん描いて製本して提出する、というものです。ところが課題文に「関東圏の建築を対象としてはならない」とあったがために旅好きの筆者は逆にムキになって、国外の建築、しかも「ミャンマーのど田舎の集落の長屋」とかいうものばかりを訪れては描き、ついに50ページほどの異例の分量で提出したのでした。その内容といい量といい、先生方はさぞかし対応に困ったものと察しますが…、しかし、これは私が一年生のうちにやった課題の中でも特に満足できるものでした。

前置きが長くなってしまいましたが、このページでは、勝手に「建築"再"集」という課題を自分に課し、筆者が描いたさまざまなイラストを載せていくことにします。案の定、一般に言う「名建築」はほとんど出てきませんが、あしからず…。

001/中国の西の辺境・新疆ウイグル自治区哈密三道嶺の家の表札。エッチングの装飾なんて洒落ている。「人民北路」なんていう中国らしい厳つい通りの名前と「平安家庭」のアンバランスさが好ましい。そして土地柄、ウイグル文字も併記されている。

002/中国の炭鉱で働く蒸気機関車「上游型」。建築採集と謳いながらまだ建築が出てきていないのは如何なものか。途中までボールペンだけで済ませるつもりの絵だったので、私にしては珍しいタッチである。

003/やっとマトモな建物の絵が出てきた。台北は日本統治時代に建てられた近代建築が数多く残っていて、散歩するにはとても愉しい街だ。総統府や中山堂といった有名どころの建築はだいたい大学に提出した課題の方に描いてしまっていたので、ここでは台北郵局をチョイス。1929年(30年とも)の竣工で、その意匠の差異からも分かる通り4階部分は戦後の増築。土色の外壁は南国の夕陽によく映える。

004/中国内モンゴル自治区の寂れた田舎町で見かけた建物。「飯店」とは中国語でホテルを意味するが、その営業をしていたのはもはや過去の話のようだ。度重なる増築と補修で、建物の各所がちくはぐな造りになっているのが面白い。せっかくの美しい羽目板も水色と黄色に塗られて老婆の厚化粧であるが、それもまた不思議と悪い感じはしないものだ。余談ではあるが、中国の(ちょうどこの絵のような)安宿は大抵外国人を受け入れておらず、時には日本人でも泊まれるホテルを求めて隣町まで行かなければならない。

005/ミャンマーのヤンゴンを走っていた旧式の日野のバス。 リベットだらけのオンボロ車体で黒煙の排ガスをもうもうと吐きながら走る姿は実に愉快であったが、さすがに環境に悪かったのか、ニュースでは「このタイプのバスはヤンゴンでの運行が禁止された」とかなんとか言っていた。それでも2017年の春に行った時点では時々見かけたので、実際のところはよく分からない。

006/同じくミャンマーのマンダレー王宮。第二次世界大戦中に日本軍が占拠し、英印連合軍との戦闘で焼失したのち再建されたそうだ。夜行列車でマンダレーに降り立った朝、頭文字Gの虫が這いずっている食堂で新聞紙のような食感の肉まんを食べたのちに立ち寄ったのだが、堀の水面に映るその姿はなかなか美しいものだった。今は軍の施設になっているらしく、近寄って撮影しようとしたら制止された。

007/また機関車である。建築採集なのに、ここまでのところ建築と乗り物の登場回数が拮抗してしまっている。懲りないというか飽きないというか、まぁ本来はこちらがメインなので大目に見ていただければ幸いである。

008/インド・マドゥライのキリスト教会。訪問した日は休館日だったようだが、事務所のような場所に一声挨拶に行くと快く鍵を開けてくださった。屋根を支える木組みが魅力的である。いつもと違うスキャナーを使ったら、なんだかビビットな雰囲気になってしまった。

009/同じくインド、コルカタの雑居ビル。モルタルが剥がれてレンガが剥き出しになった壁面、電線に干された洗濯物、色鮮やかな看板。そして黄色いタクシーが駐車している。いかにもコルカタといった雰囲気の好ましい佇まいであった。


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