ヤンゴン発昆明行(2016/09)

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2016年の夏、ついに念願の東南アジア鉄道巡りの旅に出た。かねてより訪問を検討していたミャンマーのヤンゴンを起点とし、タイに降り立ちベトナムを経由しながら中国雲南省の昆明へ至る、二週間余りの旅である。

9月7日、LCCを乗り継いでヤンゴンに到着。ダウンタウンの宿にチェックインし、街に出て夕食を済ませた。路上屋台でいただいたモヒンガーという麺は、日本円にして50円ほど。ミャンマーの物価に驚かされた。

翌朝、とりあえずミャンマーの鉄道に乗ってみようと思い立ち、ヤンゴン[Yangon]駅から環状線に乗り込んだ。車両工場のあるインセイン[Insein]駅まで一時間ほど。

開け放たれた窓から流れ込んでくる朝の空気が気持ちがいい。たまたま乗り込んだのは客車列車だったが、どうやら環状線では日本の中古ディーゼルカーの方が数が多くなっているようだ。

インセイン到着。駅傍の修繕庫にお邪魔させていただく。4軸の愛らしい機関車が朝陽の中で微睡んでいた。建屋の外には元特急「はまかぜ」のキハ181なども留め置かれていた。

ター・マイン[Thamaing]駅に移動し、跨線橋から俯瞰。ホームは完全に市場と化してしまっている。折しもツートンカラーのキハ40が入線してきた。

車内では二人の女性が開きっぱなしのドア脇を占領し、菜っ葉の仕分けを行っていた。売り物にならない菜っ葉は線路へと投げ捨てられる。

こちらはKyee Myin Taing駅。古風な駅舎と東北色のキハ40の組み合わせが新鮮である。それにしても、今やミャンマーはすっかりキハ40天国となってしまった。

ヤンゴンのダウンタウンにて、謎の機械で包丁を研ぐ老人。切れ味の良い包丁のおかげか、この奥の食堂で食べた鶏肉ラーメンは絶品であった。

ヤンゴン20:30発、ネピドー[Nay Pyi Taw]行き7up列車。私が乗り込んだアッパークラスの車両は、3列シートの豪華車だった。しかし冷房はなく、頭上では扇風機が唸っている。もちろん窓も開けっ放しで、羽虫が車内の明かり目掛けて飛び込んでくる。夜中目を覚ましたときなど、腕に特大のゴ〇〇〇が止まっていて、さすがに勘弁してほしい気持ちになったものだ。

翌朝、3時間遅れでピンマナー[Pyinmana]駅に到着。駅前の食堂で朝食を済ませ街をぶらついていると、ひょんなことから寺で座線を組むことになった。年配の男性の指導のもと一時間ほど座禅を組んで精神統一。

駅に戻ってくると、軍人輸送列車が止まっていた。跨線橋から子供と一緒に一枚。

先回りし、駅先で列車を捉えた。4両目以降に連なる青い客車は、どうやら無蓋車を改造した車両のようだ。 メーターゲージらしい腰の低いプロポーションだ。

「湘南顏」風味の保線用モーターカーと子供たち。頬に塗ってある白粉はタナカという化粧兼日焼け止めとのこと。日に焼けた肌に白が映えてなかなか可愛らしい。

しばらく列車が来ないようなので駅裏の集落を覗いてみたところ、村総出の歓迎を受け、昼食までご馳走になってしまった。村の子供達も「写真を撮ってくれ」と集まってくる。長屋のような家の壁は、木の皮を編んで作られていた。

駅傍の機関区にて。日本各地から譲渡されてきたディーゼルカーが一堂に会する。構内の隅にはキハ58なども留め置かれていた。

機関区近くを歩いていた時に出会った子供たち。ミャンマーの子供たちの笑顔は最高だ。

こちらはピンマナー駅のホームにて、頭に大きな竹籠を二つも載せて歩く女性。見事な平衡感覚である。

踏切で列車を待っている時、荷台に人を満載したトラックが通り過ぎて行った。一眼を向けて咄嗟の一枚。荷台の人々は手を振って応えてくれた。

たまにはマトモな列車の写真を…、ピンマナー駅に進入する客車列車。先頭の機関車は、新たに導入される中国製客車に合わせた塗装である。今後ミャンマーではこれが標準塗装になっていくのだろうか。

元・松浦鉄道のレールバスと子供たち。

夕方5時半、お目当の列車がやってきた。キハ52型で運行される「バガン急行」こと108dn列車だ。駅ホームでスナップを狙ったのち、停車時間を利用して駅先まで走りカメラを構える。

先頭は検査後間もないのか、塗装の美しいRBE.5001(旧キハ52-108)。ミャンマーの建築限界に合わせて車高が詰められているので、日本時代とは若干印象が異なる。しかしクリームと赤のツートンカラーは旧国鉄色のようで似合っている。

夜にはピンマナーから再び南に下ることにした。夜行列車続きで風呂を浴びることができないので、駅の売店で水道を借りホームで水浴びをした。

夜のピンマナー駅にで、長距離鈍行2dnが優等列車を退避する。私も11時過ぎに発車する4dn列車でピンマナーを離れた。

翌朝4時、ピンマナーとヤンゴンのちょうど中間地点にあたるニャウンレービン[Nyaung Le Bin]駅に到着。外が明るくなるまで駅舎内で時間を潰した。

駅前の朝市を通り抜け、バイタクを捕まえてマダウ[Madauk]へ向かう。バイタクは霧の道を時速50kmで飛ばし、ダンプカーの脇をすり抜けて走る。時折、霧の向こうから突然対向車が現れるが、運転手はぶつかる一歩手前で華麗に路肩へ避けるのだ。正直、生きた心地がしなかった。

朝7時、マダウ駅に到着。ここマダウから先ほどのニャウンレービンまで、1日1往復、今となってはミャンマーでも珍しくなったカーヤター列車が走っている。カーヤターというのは謂わゆる単端で、トラック改造のゴムタイヤ駆動という変わり種。

朝のマダウ駅にて。写真奥側の先頭車がカーヤター(LRBE)で、手前側3両は付随車(LRBT)だ。

朝8時、朝陽に照らされてカーヤター列車がマダウを出発。ニャウンレービンの先のピュンタサ[Pyun Ta Sa]駅まで一時間半の行程である。

出発後、行きに乗ってきて駅前に待たせてあったバイタクに飛び乗り、列車を追いかける。運転手には事前に拙い英語で「追っかけ撮り鉄」の趣旨を説明してあった。

一発目、緑の絨毯の中を列車が行く。速度は極めてゆっくりだ。

四発目あたりで立ち寄った橋梁。通過時には青空が広がり、水鏡も拝むことができた。傍に立っている樹と小屋が形容しがたいほどに素晴らしい。

午前の撮影を終え、一休み。ニャウンレービン駅前の市場にて。

午後、再びバイタクに跨り、復路便の追っかけ撮り鉄をする。

先ほどの橋梁にて。太陽は隠れてしまったが、運良くボートに乗った男性が現れた。

次第にバイタクの運ちゃんも追っかけ撮り鉄というものを完全に理解したようで、機材の撤収を手伝ってくれるほどになった。ミャンマーの片田舎に、撮り鉄の強力なヘルパー現れたり。

終点のマダウに到着。小さな人力転車台で単端の方向転換をする。一連の作業を見届けて、バイタクでニャウンレービンに戻った。

ニャウンレービンからは32dn列車でヤンゴンに戻った。これまで乗ってきたアッパークラスではなく、普通車(オーディナリークラス)の切符を取ってみた。

車内はこんな感じ。木製の椅子が並ぶ。ミャンマーは保線状況が悪く、列車は波打つ線路の上を跳ねるように走って行く。おかげで我が尻は何度もこの硬い椅子に叩きつけられる羽目になった。愉快なことこの上ない。

翌日はヤンゴンで1日のんびり過ごした。青と緑のツートンカラーの客車で統一された列車は意外なほどに数が少ないだけに、順光で撮れた時の喜びはひとしおであった。

ここはJR東海ミャンマー支社だろうか、キハ40とキハ11が離合する。

ヤンゴンといえば、鉄道だけでなくバスも魅力的である。日本や韓国から譲渡されたバスだけでなく、旧式の日野までが現役で駆け回っている。スーレーパゴタ近くで構えていると、毎一両すべて塗装の異なる日野がやってくるので、飽きることがない。

正味4日間の短いながらも充実した撮影を終え、飛行機でタイ・バンコクへ向かった。ヤンゴンの空港で食べたフライドチキンが原因で腹を壊してしまうのだが、その辺りの話は次のページで…。

後編(タイ/ベトナム/中国編)はこちら

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