ヤンゴン発昆明行(2016/09)

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前編(ミャンマー編)はこちら

2016年の夏、ついに念願の東南アジア鉄道巡りの旅に出た。かねてより訪問を検討していたミャンマーのヤンゴンを起点とし、タイに降り立ちベトナムを経由しながら中国雲南省の昆明へ至る、二週間余りの旅である。

ミャンマーのヤンゴンを発ち、タイのバンコクへとやってきた。しかしどうやらヤンゴン空港で食べたフライドチキンが悪かったようで、どうにも腹の調子が悪い。ミャンマーの屋台飯は全く平気だったのに欧米チェーン店の料理で腹を壊すとは不思議なものである。おまけに頭痛までするようになった。

それでもフアランポーン駅脇の薬局で薬を買い、ホテルで横になっているとずいぶん楽になり、翌日には駅近くの撮影地へリハビリがてら散歩に出た。

おなじみの撮影地にて。ALS型の機関車は、春に来た時には見なかった新しい塗装を纏っていた。紅白の帯が洒落ている。

同地点より反対側を向いて撮影。3本あるうちの真ん中の線路を旅客列車が走るのはなかなか珍しい。10系タイプの旧型客車と、ステンレス寝台車の混成。

夜のワット・アルンを訪れる。船着き場の脇の食堂に入り、三脚を据えてバルブ撮影。以前来た時に引き続いて工事中であったが、これはこれで面白い。しかし夕方のバンコクの渋滞には相変わらず泣かされた。

夜のバンコク・フアランポーン駅。日本から譲渡されたブルートレイン客車も、ついに中国製の新型車に置き換えられることになったそうだ。 ドーム屋根の下で発車を待つ彼らの姿を見ることができるのも、あと僅かなのかもしれない。

翌日はバンコクの西側にあるトンブリ機関区を訪れた。折しもC56が整備を受けていた。タイ仕様の装備や国旗と、磨き抜かれたナンバープレートが美しい。

バンコクを発つ日、暇な時間ができたので駅脇でバスを撮影。日野の車はよく見るが、いすゞや三菱のバスは比較的少数派であるように感じる。それにしても、タイ滞在中唯一の晴れカットがバスとは…。

バンコクからはまたLCCに乗り、ベトナムのハノイへ。本当は南部のホーチミン市に降り、そこから鉄道でハノイに至るルートを採りたかったのだが、時間の都合で断念した。

ちょうどハノイに着いた日は何かの縁日だったようで、裏通りは活気にあふれていた。体調もやっと全回復、旅の仕切り直しだ、と意気込む。

こちらはハノイ駅裏の街並み。いかにも、といった雰囲気で歩いていて飽きることがない。駅で数日後のラオカイ行きの寝台券を買って、ホテルに戻った。

翌朝、3時半にホテル前からタクシーに乗り、郊外のYên Viên駅を目指す。お目当は、この駅を5時前に出発し、終点ハロンまで7時間以上かけて走る第51501列車。復路の第51502列車と合わせて、ハロン線に一日1往復だけ走る旅客列車である。

この列車、ハノイの空港で観光案内のおばちゃんに聞いたところ「そんな列車はないよ」と言われてしまい、更には国鉄ハノイ駅の駅員まで存在を知らなかったので、まさに地元の行商人専用といったところ。

駅にはすでに4両編成の客車が止まっていた。手前の2両は、なんと戦前、満鉄向けに日本が製造した客車の生き残りである。齢80にして、遠く離れたベトナムの地では未だに計3両が現役だという。

満鉄客車同士の連結、車端部の丸屋根が美しい。C型客車はロングシート、B型はボックスシートという区分のようだ。

そのB型客車の車内がこちら。すでに個々のパーツの原型は失われているが、全体的にはどことなく上品な雰囲気が漂う。屋根の扇風機には、中国国鉄のマークが残っていた。

4時55分、定刻にYên Viên駅を出発。未明のハノイを抜け、時々小さな駅に止まりながら列車は東北を目指す。7時、Képに到着。この駅で列車はスイッチバックをし、終点ハロンの方角へ向けて走り出す。

朝日を浴びる満鉄客車。ベトナム国鉄のトリコロールカラーも、意外と似合っているような気がする。

Képでは30分の停車時間がある。機関車を前後で付け替えている間、行商人たちは列車に荷物を積み込み、乗務員たちは駅前食堂から朝食を仕入れる。私も食堂のおばちゃんにフォーを注文した。

満鉄客車内でフォーをいただく。これ以上贅沢な朝食もなかなかないだろう。

朝食の席に私を混ぜてくれた乗務員の方々。食べ終わったあとの麺ツユは、みな窓の外に捨てていた。それでいいのか、と思いつつ、他に選択肢もないので私も同じようにする。

終点のHạ Longが近づくにつれ、行商人たちの車両も賑やかになってきた。

12時過ぎ、定刻にHạ Long駅に到着。行商人たちは即座に積荷を下ろし、そのまま駅ホームで商品の売り買いを始める。私も一人のおばちゃんから冷えた飲み物を買い、長旅の疲れを癒した。

13時40分にHạ Longを発つ復路便を見送り、私はバスでハノイに戻った。非冷房でクッションのない座席だったハロン線の列車に比べ、帰りのバスは冷房もシートのリクライニングも効き、別世界の快適さであった。

翌日。この日は夜にラオカイ行きの寝台列車に乗る以外は予定がなかったので、朝の国鉄線へ撮影へ出かけた。

ベトナムいちの大幹線であるが、ハノイ駅を出た途端に密集する家屋の間を擦り抜けるように走っていく。しかもかなりのスピードだ。次にベトナムに来た時には、この統一鉄道にも乗ってみたいもの。

撮影の後は、ホアロー・プリズンやホーチミンの家などを歩いて廻ることにした。さすがにハノイまで来て汽車だけを見てサヨナラ、ではいささか寂しい。

さすが、生きた社会主義国である。街中では真新しいプロパガンダ・アートやスローガンが至るところに見られた。

ハノイのダウンタウン。なんとなく日本の下町に通ずる雰囲気のある、素敵な街だ。この町の主役はバイクで、私もバイタクのお世話になったりした。しっかりヘルメットを貸してくれたのには驚いたが、それだけ事故も多いということだろうか。

こちらはマーケット。雨宿りがてらお土産を探した。ベトナムビールのロゴが入ったシャツを見つけたが、日本でシャツを買うのと同じ値段くらいだったので買わずに帰ってきてしまった。今となっては少々悔やまれる。

泊まっていたホテルのフロントで携帯を充電させてもらい、なお時間が余っていたので駅前の交差点でバイクを流し撮りした。これが意外に面白く熱中してしまい、気づけば一時間経っている始末。

3人乗りまではかなり多く見受けられるが、4人乗りは珍しい。流し撮りも綺麗に決まった。

滞在中、唯一撮影に成功した5人乗り。しかも全員ノーヘルである。得点が高い。

夜のハノイB駅に夜行列車が集う。私が乗ったのは22時発ラオカイ行のSP3列車。

ソフト・スリーパーの室内はこんな感じ。メーターゲージなので狭いのは仕方ないが、冷房が効き過ぎていて薄着では厳しいものがあった。それでも、ミャンマーの座席夜行に比べれば天国である。

翌朝、定時でラオカイ到着。今回2本の列車に乗った限りでは、ベトナムの国鉄は概して定時運行が保たれているようだった。ミャンマー、タイ、ベトナムと移動するうちにだんだん鉄道の定時性が増していくようで面白い。

駅前で屯するタクシーを断り、徒歩で中越国境を目指す。途中で雨が降ってきた。ラオカイの市街地に立ち寄ったりしながら、昼前には国境の橋に辿り着いた。出国審査は驚くほど簡単に済んでしまった。

橋を渡って中国入国。こんどの入国審査は多少手間取った。ここを通るのは殆どが現地の行商人たちだろうし、突然日本人が現れては驚かれるのも無理はない。

中国に入ってからは、とにかく食事の時間が楽しみになった。これまで通り過ぎてきた街でも食事は美味しかったが、中華の旨さには敵わないと感じた。

国境の中国側の街・河口で一泊したのち、翌朝の一番列車で昆明まで北上する。少し前まではハノイから国境を越え昆明までメーターゲージの旅客列車が走っていたそうだが、今では中国側には標準軌の進路線が引かれている。

なんと、YW25Aが連結されていた。むろん私が乗ったのは硬座車であったが。

本来の予定ならば、昆明から更に成昆線を北上する予定であったが、乗車予定の列車が運休となり昆明に留まることを余儀なくされてしまった。

そこで或る中国鉄の大先輩から教えていただいた工場へ行ってみることに。云南冶炼厂までタクシーに乗り、近くを歩き回ってみると、果たして工場専用線の信号所を見つけた。そこに居たのは…

東風2026号!
中国最初期のディーゼル機関車「東風1型」の貴重な現役機である。しかも私が訪れた1ヶ月前ほどに再塗装を受けたらしく、新車と見まごうほどに眩い塗装。これには驚いた。

アングルを変えつつ何枚か写真を撮っていると、ふと工場の職員と思しき人に声をかけられた。招かれるままに彼の仕事部屋にお邪魔し、お茶をご馳走になる。彼自身、この東風のファンであるらしく、写真を何枚も見せてくれた。しかし彼曰く、今日は運用がないとのこと。

昆明といえば、かつてはハノイまで通じていたメーターゲージ線の一部が、今でも地域客向けの旅客営業を行っていることで知られている。昆明二日目はこの昆河線で遊ぶことにした。

東方紅21型を先頭に4両の客車が連なる、昆明のメーターゲージ列車。

雨がひどくなってきてしまった。中越国境あたりから、どうも天気に恵まれない。

夕方は昆明北駅から昆河線の列車に乗り込んだ。旅客営業の終点・王家営まで片道一時間の旅。河口から昆明まで乗ったのは満鉄規格の標準軌列車だっただけに、メーターゲージの狭い車内がやけに懐かしく感じる。

窓を開けて"ジャーナル撮り"。メーターゲージ客車は非冷房なのだな、と改めて気付いた。冷房が不要なほどに、9月の昆明は寒かった。

客車はローソン、もとい特快塗装。かつて華の国際列車に充当されていた名残だろうか。速度は極めてゆっくりである。

終点の王家営に到着。機関車を付け替えて折り返しに備える。

結局、この王家営から昆明までの列車が、この旅最後の列車となった。小さな客車の硬い椅子に座りながら、二週間の旅路を反芻する。ベトナムのハロン線と中国の河口=昆明間を除けば、撮ったり乗ったりした殆どの列車はメーターゲージだっのだ。なかなか珍しい旅かもしれない。

翌朝の飛行機で昆明を発ち、上海経由で日本に戻ってきた。放ったらかしにしていた大学の課題が、僕をおかえりなさいと迎えてくれた。

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