阜新煤砿(2015/08)

芭石鉄道で中国現役蒸汽デビューを果たした私は、次にはどうしても標準軌の蒸汽を見たくなってしまった。芭石鉄道が軌間762mmなのに対して、中国国鉄など標準軌の線路は軌間1435mm、ざっと倍近くである。体積を単純計算するのならば8倍だ。その未知のスケールに、私はいつしか強く惹かれるようになっていた。
2015年現在、広大な中国に於いても、現役蒸気機関車が見られる場所は僅かしか残されていない。その中から、比較的訪問が容易と思える二箇所を選んで訪問することにした。

8月25日に中国東北部の瀋陽空港に到着し、夜行列車でまずは内蒙古自治区の平庄へ。平庄には、先に訪れた人の情報では上游型蒸気機関車が残っているはずだった。しかし残念ながら訪問の直前に運用を取り止めてしてしまったようで、訪問時はDF4型ディーゼル機関車が3両確認できるのみだった。中国蒸汽の撤退は得てして突然であるという、ある先輩の言葉を痛感した瞬間だった。
しかし無いものは仕方ない。気分を切り替え、次の列車で阜新に向かうことにした。かくして、8月27日の午前2時、私は阜新站に降り立った。

阜新の主な線路と道路の地図を、以下に軽く纏めてみた。写真と合わせて参考にしていただければ幸いである。

朝の平安站ヤードへやって来た。整備士たちが機関車を隈無く点検する。追い求めていた現役蒸汽のある風景が目の前に広がっていた。

朝の平安站ヤードには、給水給炭と乗務員交代のために続々と蒸汽が集まってくる。この日は最大で5両の上游型が一堂に会した。

五龍砿の工場(地図でのマル6)をバックにSY1195が入替に勤しむ。

線路伝いにズリ捨て山に登ってみた。麓側に蒸汽が付き、廃石を積んだ貨車を押し上げていく。

運良く荷を背負った老人がフレームインしてくれた。多くの先輩諸兄がファインダー越しに覗いていたものを、私もいま覗いている、と感じ目頭が熱くなった。

それにしても列車本数が多い。ズリ捨て山でも常時複数の列車が稼働していた。

陽に焼けた老機関士には、使い込まれた老機関車が良く似合う。

夕方の機務段にて。斜光を受けて上游型が輝く。

2日目も朝の平安站ヤードで撮影したのち、五龍砿の工場を望む撮影地に来た。折しもSY1320がズリ捨て列車を牽いてやって来た。

一輪だけ咲き残った向日葵に、ふと此処の機関車の姿が重なって見えた。

季節がまだ夏であったこともあり、またそれほど重い列車を牽引している訳でも無いので、阜新ではなかなか煙に恵まれなかった。これだけ出れば御の字である。地図上マル4の信号所から平安站ヤードへ通じる路線にて。

夜の平安站ヤードでバルブをする。水銀灯照明が無いのと、機関車がひっきりなしに動くのとでなかなか撮影が難しい。

それでもDF5Dの前照灯が蒸汽を照らしてくれたおかげで、なんとか明るい写真を撮ることができた。

3日目、阜新最終日の朝は機務段にやって来た。老整備士が煙草をふかしている。

乗務員のために茶を淹れておくのも整備士の仕事らしい。

2日目と同じ撮影地へもう一度向かった。最終日にしてようやく晴れのカットを撮ることができた。

機務段に戻りのんびり撮影していると、地元の子供達が「撮ってくれ」と寄ってきた。この後、持っていた飴玉を全て譲る羽目になった。ちゃっかりしている。

整備士に導かれ、上游型の機関士席に座らせていただいた。黄色にペイントされた内壁がいかにも中国蒸汽らしい。

投炭も実演してくれた。ここの機関士や整備士、それに踏切警手の方々はみなさん本当に親切である。これからも蒸汽愛好家と鉄道員の良好な関係が続くことを願わずにはいられなかった。

機務段の方々に礼を言い、後ろ髪を引かれる思いで夕方の瀋陽行列車に飛び乗った。今乗っている非冷房の硬座車も実は蒸汽が牽いているのではないか、という錯覚に一瞬とらわれた。

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