阜新煤砿(2016/03)

吉林省の長春・九台から始まった2016年3月の中国東北部巡りは当初2週間の行程を予定していたが、最も楽しみにしていた牙克石・五九が「運休中」との情報をいただいたため、予定を大幅に変更せざるをえなくなった。結果として6箇所の蒸汽を巡ったものの、ここ阜新ともう一箇所・平庄以外はそれほど活発に動いているわけではなく、中国蒸汽もあと数年で完全な終わりを迎えるのではないか…と危惧せずにはいられなかった。

3月4日、天津を15時過ぎに発つ阜新行き列車に乗車。硬臥(B寝台)下段の切符が手に入ったので、23時過ぎの到着までゆっくり横になって移動できた。
阜新到着後、駅隣の紫蘭門酒店にチェックインし、翌朝からの撮影に備える。

朝目覚めると、街はうっすらと雪化粧をしていた。喜び勇みホテルを飛び出し、機務段へ。白銀の陥落や牙克石の運休で雪中蒸汽の撮影は半ば諦めていたが、思いがけず阜新にて実現した。

まだ赤く燃える石炭をスコップで運ぶ女性。発電需要が夏より少ないのか、はたまた石炭が枯渇しつつあるからなのか、蒸汽の稼働数は夏の訪問の時より少なく、機務段の端には火を落とされたSYが佇んでいた。

平安站ヤードへ。3両のSYが並び、赤くペイントされた足回りが雪に映える。この時に中国人の鉄ちゃん3人と知り合い、以降阜新滞在中は多くの撮影を共にさせていただいた。

五龍砿裏のズリ捨て山へ。やがて霧の向こうから断続的なブラスト音が聞こえてきた。フライアッシュ貨車をSYがゆっくりと押し上げてくる。激しい空転が時折起こり、黒煙が空を覆う。あゝ、上游型とはこれほどに勇ましい機関車であったのか、と惚れ惚れとした。

ついに列車は我々の目の前で止まってしまった。再発進を何度か繰り返したのち、ふたたびズリ捨て山を登っていく。

この列車が下山していくのを見送ったのち、中国人たちと話し合いもうしばらくズリ捨て山に留まることにした。しかし、一向に列車が来ないので我々も下山。

列車が来ないと思ったら、麓で脱線事故が発生していた。編成からして五龍砿裏へ向かう列車だが、その貨車が脱輪してしまっている。

ご覧の通り。現場作業員も撮り鉄も「トホホ…」である。

事故現場を撮っていると「撮るな、あっちいけ」と追い出された。仕方がないので海州露天砿の方へ行ってみることに。

海州は釜が逆機なのが惜しいが、ズリを捨て終えた列車は長い上り勾配を駆けてくるため、煙は期待できる。上遊の特徴的とも言える切り欠きテンダーを先頭に、SY1378が力行して来た。天気は今朝の雪が嘘のような快晴に。

五龍が事故で運休している分こちらの列車が増発されているのか、海州では数時間の滞在でかなりの本数を稼ぐことができた。日も傾きだした頃、赤地に金文字のナンバーも優雅なSY1320が勾配を登ってくる。

夕食(といっても、この日唯一口にしたまともな食事だった)を平らげ、夜の平安站ヤードへ。機関士に頼み、機関車の前照灯を付けたままにしておいて頂いた。3両のSYの呼吸が夜の街に谺する。

翌日は日曜日だったが、機務段へ行ってみると蒸汽はしっかり動いていた。庫の向こうから冬の柔らかな朝陽が昇る。

中国蒸汽の紅い動輪には、低く差し込む朝陽や夕陽が殊更よく似合うと思う。磨き抜かれた大陸式の足回りが鈍く輝く。

このあと、昼過ぎの列車で平庄へ移動した。別の日本人撮り鉄(私の学校の先輩である)が聞いたところによると、阜新の蒸汽は「寿命はあと5年、故障したら終わり」とのこと。しかし阜新には、単純に蒸汽の寿命ということだけではなく、掘るべき石炭が枯渇しつつあるという別の問題もあるため、やはり先行きは不透明なようだ。中国蒸汽の終焉も、すぐ目の前まで来ている。

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