阜新煤砿(2016/05)

2016年4末、突如として「阜新が無煙化される」というニュースが複数筋から伝えられ、多くの中国鉄路迷(ファン)が騒然となった。阜新といえば5両以上の上游型が活躍し、三道嶺と並んで最後の聖地とも言える場所。あと数年は安泰だろうと思っていた矢先の出来事であった。

ゴールデンウィークには内蒙古・牙克石の訪問を計画していたが、急遽阜新にも立ち寄ることに決定。かくして、4月30日の昼過ぎ、私は数ヶ月ぶりに阜新のホームに降り立った。前回とは異なり、歩けば汗ばむほどの暖かさである。煙は期待できそうにない。

平安站ヤードには、どこから連れてきたのだろう、黄色の事業用車が留め置かれていた。ディーゼル機関車の入線に向けて五龍砿のズリ捨て線は軌道強化を行うそうだが、その工事に使われるのだろうか。

太陽は出ていたものの、粉塵が酷く青空は望めない。海州砿のズリ捨て線から帰ってきたのは、暫く見なかったSY1319だ。

もはや見慣れた上游型の機関室。機関士たちは思い思いの姿勢で休む。彼らにとって、機関室はもはや自室のようなものなのだろう。

五龍砿の工場は操業を再開していて、ズリ捨て線の分岐点では蒸汽の離合も拝むことができた。やはり、これくらい蒸汽が動いていてこその阜新だ。SY1396は初めて撮影する釜で、赤地に白文字のナンバーが格好いい。

日が傾き、山を下る上游型が美しく照らされる。ここ205站で撮影していた際、信号場の作業員には非常に親切にしていただいた。私が「蒸汽は本当に無くなってしまうの」と尋ねると、彼は寂しそうに頷いた。

ヘッドライトを閃と輝かせて五龍砿から列車が発つ。撮影後、市街地に戻ろうとバスを待ったのだが、バスはおろかタクシーすら姿を見せず、結局歩いて戻る羽目になった。

私が阜新で一番好きな場所の一つ、機務段へやってきた。ブルーモーメントは逃したが、構内は照明もあり十分に明るい。翌日は労働節(メーデー)、機関車をハンマーで叩く作業員の足取りも心なしか軽い。

機務段のすぐ隣にはマンション。夜の中国の雑踏に、機関車の呼吸が重なる。

3両のSYが身を休める。音も、匂いも、光も、全てが感慨深い。次の無い撮影に、一枚一枚ゆっくりとシャッターを切った。

翌日5月1日、労働節。蒸汽もほとんどが機務段で休んでいる。可愛らしい帽子を被ったこの子は、果たして大人になっても蒸汽のことを覚えているだろうか。

いちおう五龍砿のズリ捨て線も稼働しているようだったので、徒歩で登り途中の205站あたりで蒸汽を待ち構えた。

しかし空気はこの有様である。まったく締まらない。

この撮影中、偶然オーストラリアから来ていたPeter Haworth氏と遭遇した。氏も同じく阜新無煙化の知らせを聞き駆けつけていたそうだ。私の拙い英語でもってしばらく談笑していたが、なかなか列車が来ず、私は16時過ぎの列車に乗らねばならなかったので一足先に下山。

氏のレポートはこちら

下山した端から列車が来るのだから酷いものだ。氏が「2個あった踏切小屋が片方潰された」と仰っていたのを思い出し、踏切小屋と絡めたカットを一枚。

かくしてこの日、散々なモヤと曇り空のもとでのカットをもって、私は阜新の蒸汽たちに別れを告げた。さようなら、阜新…。

5月2日、夜行列車で内蒙古自治区・牙克石に到着。列車とタクシーを乗り継ぎ五九の上游型を訪れたものの、残念なことにすでに運用を取りやめていた。斜光射し込む車庫の中に佇むSYは、それはそれで美しいものであったが。

予定を繰上げ、5月3日の夜に大連に到着する夜行列車に飛び乗った。帰国の飛行機は5月5日朝、大連発である。しかし、阜新への未練は消えない。そして時刻表を繰り、ついに決心した。「5月4日の午前だけでも、阜新にリトライしよう」

5月3日の午後は酷い暴風雨になり、長距離列車は軒並み酷い遅延。乗り換えの瀋陽駅には「晩点未定」の表示が並んでいた。常識的に考えて、この暴風雨の中で強引に行程を変更したのは賢明とは言い難い。幸い、私の乗った列車は1時間ほどの遅れで阜新に到着した。

翌朝、5月4日。果たして。

抜けるほどの青空!青空!

昨晩の雨風で大気中の塵が落ちたようだ。私が望んだとおりの展開である。素晴らしい!

五龍砿のズリ捨て線に再び登る。ここではこれまで一度も、満足いく青空を拝むことができずにいた。最後の最後で大逆転、文句なしの満塁ホームランである。

気温が高く煙はそれほど上がらなかったが、それが気にならない程の雲ひとつない青空。丘の上に立てば、遠くの街並みや山の稜線まで綺麗に見渡せる。

最後には、やはり機務段に戻ってきた。太陽は高く昇り、夏の訪れを知らせてくれる。ここに再び寒風が吹き荒れる時、そこに白煙を吐き駆ける蒸汽の姿は無いのかもしれない。

さようなら、阜新。

再見。

 

追記 :
阜新の蒸汽は、2016年8月末で全ての運用を終え、ディーゼル機関車に置き換えられたそうです。奇しくも私の初訪問からちょうど1年での無煙化となりました。本当に短い期間でしたが、かの地で生きた上游型たちの最期の姿に立ち会えたことを光栄に思います。我が青春の阜新よ、さらば!

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