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2017年末から2018年始の新疆ウイグル自治区三道嶺訪問に先立って、中国西北部で気になっていた撮影地を訪問して見ることにした。

蘭州の空港の降り立ち、まずは白銀の鉱山専用線を訪れる。ここには少し前まで蒸汽が生き残っていたが、訪問時には既に引退し車庫の片隅で赤錆びた姿を晒していた。長居は無用と判断し蘭州に戻る。夜行列車に乗り込み、いざ600km彼方の嘉峪関へ。

嘉峪関は万里の長城の西端部として有名で「天下第一雄関」などと称されている。その嘉峪関から北に伸びる石炭輸送専用線は始終点の地名から嘉策鉄路といい、重連あるいは三重連の機関車が長編成の貨物車を牽引して走ると聞かされていた。活躍する機関車も、国鉄のおさがりの旧型車ばかり。

タクシーで郊外の線路端に乗り付ける。まだ日の出前、荒涼とした大地を吹き抜ける風も冷たい。やがて東の空が明るくなり、職員輸送列車が姿を見せた。東風4B型重連の連結部をシルエットで捉える。

広大な中国ではあるが標準時は一つしかないため、北京から西に離れた嘉峪関の日の出は遅い。それでもやっと線路に日が当たるようになり、気温も随分上がってきた。カメラバッグの隙間に詰め込んで来たカロリーメイトを齧りながら次の列車を待つ。貨物専用線という特性上、何時に列車が来るのかは分からず、ひたすらに待つしかない。

遠くの地平線の先に黒煙の筋が見えた。やがてヘッドライトの明かりが、さらに暫くして機関車の姿が見えて来る。最初にやって来たのは東風8B型と東風8型の混結重連だった。形式としては同じシリーズであるものの、8B型は機構面において東風11型に通じるものが多い。旅客機11型に対し、8B型は東風シリーズにおける貨物機の決定版ともいうべき存在だろう。

今度は8型+8B型の重連だった。1000両以上が製造された8B型に対し、8型は141両のみの製造と少数派である。

東風8・8B型の他にこの線区には「西瓜」こと4B型も所属しており、表題のカットはこの4B型の三重連である。前照灯周りの改造などが進み元来の美しさが失われてしまっている多くの国鉄機に対して、ここの4B型は端正な姿を保っている。

上の写真の位置からさらに北に進むと、鉄路が万里の長城を乗り越えている場所に行き着く。既に風化し半ば砂漠と一体化しつつあるような遺構ではあるが、それにしてもその上に直接盛り土をして鉄路で跨いでしまうという発送は驚きである。折しも東風4B型三重連がやって来たので、トーチカの遺構と合わせて一枚。

2日を嘉策鉄路で過ごしたのち、再び夜行列車に乗り込み東へ戻り、寧夏回族自治区の石嘴山へと移動した。嘉峪関から直通列車があるので便利である。

石嘴山からは平汝線という盲腸線が分岐しており、内蒙古自治区との境界線あたりまで伸びている。こちらも貨物輸送が主要の路線ではあるものの旅客営業も行なっており、1日一往復の鈍行列車が終点の汝箕沟との間を往復している。

夜行列車を石嘴山で降りたのち、タクシーでこの汝箕沟を目指した。被写体の鈍行列車は随分前に石嘴山を発車してしまっているが、線路が遠回りをして汝箕沟に至るのに対して道路はずっと短いコースを辿ることができる。無事に鈍行列車に先回りして汝箕沟にたどり着き、谷を渡るコンクリート橋を望む崖の上に登った。やがて韶山7C型が6両の客車を牽引してやって来た。

石嘴山の町外れにも好ましい撮影スポットが点在している。今や現役の個体は少なくなった韶山3型の貨物列車を狙ったが、ついに順光編成写真は拝むことができなかった。工場バックの単機回送でお茶を濁すことにする。

そして平汝線での一番の決めカットはこの一枚。日の出直後、石嘴山の街を出発した鈍行列車が内蒙古・寧夏の境に聳える山々に挑まんとする。陰影を強調する低い光線、25B型と22B型混結の客車、そして臙脂の帯も凛々しい韶山7C型は前照灯点灯。普段はあまり中国の国鉄線は撮影しないが、こればかりは至高の被写体であった。

中国西北部で東風型と韶山型をじっくりと満喫した1週間弱、この後は一旦北京に戻り撮影ツアーメンバーと合流したのちに新疆ウイグル自治区哈密を目指した。

嘉策鉄路 メインカット座標
39°52'05.0"N 98°18'56.4"E

平汝線 メインカット座標
39°03'57.8"N 106°24'33.6"E