タイ、微笑みの国の王国鉄路(2016/03)

大学入学を目前にした最後の長い休み、タイへの一週間の旅に出た。一人旅としては初となる、中国・台湾以外の地域への訪問である。

3月22日、台北経由でバンコクへ。日本ではまだ肌寒い季節であったが、タイでは乾季の真っ只中。最高気温は35度を上回り、夕方に空港連絡線から降りた時にもムッとする暑さに包まれた。

翌23日、シーロムのホテルを発ちバンコク・フアランポーン駅へ。頭端式のホームでは、入れ換えのディーゼル機関車が唸り、客車の増解結が繰り返されていた。刺激的な王国鉄路の旅が始まった。

フアランポーン駅脇の修繕工場。裾絞りと一段下降式の窓を持つ客車は、実は日本の10系客車の血を引く古豪である。降水量の多いタイでは下降窓の腐食が心配だが、今でも大切に使い続けられている。

いっぽうこちらは駅の端に留め置かれていた客車。日本から譲渡された14/24系客車を改造したものだが、塗装がブルートレインのような、或いはオリエント急行のような豪華なものに変更されている。展望車や個室寝台、更には会議室のような内装に改造されている車両もあり、一般運用とは区別された貴賓車のようなものだろうと思われる。

サボ置き場。聞きなれない地名が並んでいると、それだけでワクワクしてしまうのは旅人の性かもしれない。

僧侶と一般の乗客が語り合う。私はすっかり、この賑やかな駅の虜になっていた。

私の乗る列車は夕方の発車だったので、バンコク散策に繰り出した。名もなき寺院にふらりと立ち寄ってみる。

トゥクトゥク(三輪タクシー)の運転席に乗せていただいた。おもちゃ箱を引っくり返したような色とりどりのトゥクトゥクたちは、見ているだけでも楽しい。

エイチアイエスのバンコク支店で、予約した列車のチケットを受け取り、昼食を済ませてフアランポーン駅に戻った。昼間のバンコクは茹だるような暑さである。

駅ホームに横付けされたまま洗車を受ける客車たち。一番手前の車両は元JRの12系客車である。

駅先の直線区間で撮影をする。線路脇にはバラックのような商店が並んでいた。

線路で遊んでいた子供達にカメラを向けると、可愛らしくポーズを撮ってくれた。微笑みの国に来たのだなぁ、としみじみ実感した。

そろそろ時間かな、と思い駅に戻る。3番線には、既にお目当の列車が入線していた。

バンコク・フアランポーン駅発、チェンマイ行のタイ国鉄13列車。写真右側の紫色の客車である。この車両、元はと言えば日本で活躍していたブルートレイン客車で、今でもチェンマイまでの1日1往復の運用で現役である。

ブルートレイン客車について詳しく記述すると、それだけでかなりの容量を占めてしまうので、別のページで追って紹介させていただく。

バンコクを19時35分に出発し、翌朝8時40分に北の都・チェンマイに到着。遅延が慢性化していることで有名なタイ国鉄ではあるが、この日はありがたいことに定時到着だった。駅前からソンテウ(乗合タクシー)に乗り、チェンマイの寺院巡りに出発する。

チェンマイではワット・プラシンを始めとして数多くの有名な寺院を巡ったが、一番私が好みであったのはこのワット・パンタオだった。タイでは珍しい木造の寺院である。

同じくワット・パンタオにて。日本の侘び寂びにも通じる雰囲気である。ワット・プラシンを始めとする各寺院が"金閣的"な美しさを持っているとするなら、ここワット・パンタオは"銀閣的"な美しさとも言えよう。

こちらはワット・チェンマン。紅と金の華やかさに圧倒される。

チェンマイの旧市街を歩き回り、夕方になってトゥクトゥクで駅に戻った。

客車給水用の水道で身体を洗う子供達。汗だくであったので、つい私も水浴びしたい欲求に駆られてしまう。今晩も寝台車なので、2晩連続でシャワーに有り付けないことになる。

バンコクに向けて発車するブルートレイン14列車を見送り、1時間後の18時に発車するタイ国鉄2番列車に乗り込む。夕食はチェンマイの駅食堂で持ち帰り容器に詰めてもらったチャーハンとオムレツもどき、しめて300円ほど。

この寝台車は韓国製の比較的新しいもの。座席転換型のプルマン式寝台は、日本の583系を二段式にしたような雰囲気である。私の周りの寝台は欧米からのツアー客で満員で、夕食のお裾分けを頂いたりと大変親切にしていただいた。

翌朝バンコクに到着し、路線バスでバンコク史跡巡りに出る。

見事な塔や寺院の並ぶ王宮。しかし入場料500B(1500円あまり)はかなり割高感がある。それだけタイの中でも特別な場所ということだろうか。

涅槃仏などを見たのち、渡し舟に乗り対岸のワット・アルンへ。船賃は3B、約10円である。なんとも金銭感覚が狂ってしまう。肝心のワット・アルンは(この写真を見ても分かるが)修繕中だった。

さらにトゥクトゥクで国鉄トンブリ駅に移動した。トンブリ駅は比較的小規模な始発駅で、機関車の修繕庫が併設されている。折しも、翌日の運転に備えて2両のパシフィックが最終点検を受けていた。

建屋の中には1両のミカド、それに2両のC56が留め置かれていた。守衛の方に一言断れば自由に見学できるというのは、なんともアジア的である(日本も少し前まではそうだったのだろう)。

3月26日、ついに年4度の蒸汽復活運転の日になった。この日はタイでの鉄道記念日で、フアランポーン駅は朝から慌ただしくイベントの準備をしていた。

駅の隅に追いやられていたブルートレイン改造の貴賓車も、駅の中央で目玉の一つとして展示されていた。新車と見紛うほどの美しい塗装に惚れ惚れしてしまう。

蒸汽も既に入線していた。パシフィック2両の背合わせ重連、往路は824号が先頭である。

蒸汽の列車が発車する前に、一足先に国鉄111列車で先回りすることにした。

車内では僧侶たちと乗り合わせた。タイを旅していて何度も思ったのだが、彼らは敬われながら一般庶民ととても心身ともに近い位置にいる。非常に興味深い。

列車をチェンラック駅で降り、駅先の跨線橋で蒸汽を待ち構える。と、不意に如何にも馬力の弱そうなエンジン音が聞こえてきた。

レール輸送のプッシュプル(?)である。

やがて重連の蒸汽を先頭として11両の客車を連ねた長い編成が、ゆっくりゆっくりと近付いてきた。気温の高さと、オイルバーニング機という特性から煙はほとんど見られない。

背景の寺を入れてもうひとカット。真夏のトップライトに、磨き抜かれた蒸汽が鈍く光る。

蒸汽の終着駅はアユタヤだったので、私もタクシーでアユタヤに向かった。朝から何も口にしていないので非常に空腹である。こちらはアユタヤの街で見かけたミゼット。バリバリの現役だ。

アユタヤ王宮跡。三連の塔が美しい。しかしこの時は「暑い」と「腹減った」としか考えていなかったと思い出す。

腹を満たした後、涅槃仏像へ。英語の案内を見ると「涅槃像」が「リクライニング・ブッダ」と訳されていて、なんとなく「もう少しマシな訳し方はなかったのか」などと思ってしまう。街の外れにあるからか、他の観光地とは違い静かな雰囲気であった。大規模な寺院や王宮よりも私はこちらの方が好きである。

駅に戻ると、今度はパシフィック850を先頭として列車が発車の刻を待っていた。またしても発車は見届けず先回り。

ランシット駅近くにて。陽は隠れてしまったものの、オイルバーニングとは思えぬ煙に満足。

線路脇にはあまり豊かそうではない家々が並んでいた。それでも、古びた自転車に乗り仔犬を抱えた少年は朗らかに笑ってくれた。

翌日は鉄道市場で有名なメークローンへ。ただ残念なことに、メークローン線の工事運休が延長されており、訪問日は市場をすり抜ける列車の姿を拝むことは叶わなかった。

夕方、バンコクに到着するイースタン&オリエンタル・エクスプレスを撮影する。シンガポールから2泊3日の行程を駆けてきた、アジア随一の豪華列車である。近未来的な客車も、もともとは日本製の車両を改造したものだというから驚きだ。

やはり私には子供の写真を撮るのが一番性に合っている。テカテカの貴賓車と、自由な子供たちの対比が素敵だ。

イースタン&オリエンタル・エクスプレス入線のため、今晩のブルートレインは番線変更。出発に備えて洗車を受ける。

楽しかったタイでの1週間は、あっという間に過ぎ去ってしまった。バンコクを発つ28日、マッカサンでカオゲーン(具乗せ飯)屋で食べ放題を楽しむ。大皿にこれだけ盛っても一律30B(約100円)。最後の最後に胃袋も満たし、大満足で空港に向かった。

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