鉄法 調兵山蒸汽機車撮影節(2017/01)

中国東北部の都市・瀋陽から北に50km余りのところに位置する調兵山市。ここはかつて、上游型牽引の客車列車が現役で残る路線として、多くの蒸汽ファンが通い詰めた名所であった。
保存運転としての意味も強く、もうしばらくは蒸汽も安泰かと思われていたが、数年前にあえなく無煙化。しかし幸いなことに蒸汽はスクラップにはされず、今でも年数日の「蒸汽機車撮影節」の日には煙が戻ってくる。

2017年の「撮影節」は1月5日から8日までということで、年末年始の三道嶺ツアーの後に私を含む三人の日本人鉄が中国東北部に転戦した。南票、撫順を経由して6日の夜に調兵山に到着。

とりあえず、ということで調兵山の駅に向かうと、構内には2両の上游型が留め置かれていた。一人100元の撮影許可証を買い求めたのち、撮影開始。

今年の復活蒸汽は、事前の予告通り上游1772と1770。上游1772は1999年製造で、観光用を除いた場合に世界で最も新しい蒸気機関車である。 実際には1999年より前に製造されて工場に眠っていたストック品だとか、諸説はあるが…。

写真には写っていないが、蒸汽の周りにはもの凄い数の中国人。しかも日本の撮影現場のように一列に並んで雛壇を組んで仲良く(?)撮影、というわけにもいかない。さすが中国人、カメラ前横断上等、フラッシュ上等。しかし文句を言っても仕方がない、ここは彼らのフィールドであり、我々日本人はアウェーで「撮らせていただいている」立場なのだ。郷にいればなんとやら、ということを肝に銘じねばならない。

さすがに中国人の多さに辟易して、構内の隅に止まっている客車を撮ることにした。石炭暖房の煙たなびくYZ22、これも蒸汽に勝るとも劣らない魅力的な被写体である。

なかなか往時の炭鉱鉄道らしい風景である。しかし客車ばかり撮影しているような傾奇者は私一人。警備員は訝しげな目線で私を眺めていた。

そうこうしているうちに、連結されていた蒸汽が移動。正面に回り込んで撮影できるようになったので、私も蒸汽撮影戦線に復帰。

オレンジ色の灯りに照らされる蒸汽、シルエットの給水塔、傍にはYZ22。
あゝ、惜しくも間に合わなかった中国炭鉱鉄道の風景が、いま眼前に蘇り佇んでいる。感無量である。

撮影を撤収し、ホテル探しを始める。アテにしていた駅前のホテルが廃業していたせいで、夜の調兵山の街を歩き回ることになってしまった。

翌朝。その日の復活運転に備えて、機関士は蒸汽の整備に余念がない。点検灯のもと、動作部にオイルを注していく。

早朝6時20分、未明の調兵山站を出発。

最初の撮影スポットは千万トン記念碑の地点。何往復かのランバイをしているうちに、東の空にゆっくりと朝陽が昇ってきた。これを逃す手はない、と朝陽バックでの撮影。

さらに丁度良い位置で列車が停止したので、線路上に陣取っての撮影。なかなか他の撮影者が写らないカットを手にするのは難しかったが、なんとか数カット撮影。

プッシュプル編成なので編成後端にも罐が付いているのは惜しいが、朝陽バックの蒸汽+緑皮車というシチュエーションではそんなの些細なことである。

しかし、のんびり撮影していたら、私が乗り込む前に列車は次の撮影スポットへの移動を始めてしまった。周りにいた人たちと一緒に慌てて追いかける。

後ろからの貨物列車を通すため、駅に退避したようだ。上游と東風4の離合は、さながら動力近代化過渡期の中国のようである。

この駅でSY1772が切り離され、SY1770の単機牽引となった。上游単機が6両の客車を牽く、まさに正統派と言うべき編成である。

霞んだ空気に薄く射し込む陽光、水墨画のような風景の中を汽車が往く。ファインダー越しに、憧れの中国的炭鉱鉄道の光景が蘇っていた。

ところで、この「撮影節」において頭を悩まされたのは、線路ギリギリまで近付く中国人たちだけではない。実に中国鉄のトレンドたる(?)、ドローン撮影である。俯瞰撮影の時など、いつドローンが画角を横切らないものかと戦々恐々としていたものだ。写り込んでしまった場合には…Photoshopである。

再び駅に停車しての撮影。しかし中国人が多く碌な撮影は望みようがなかったので、おとなしく留置されていたクレーン車を撮影していた。やはり傾奇者かもしれない。

夕刻、蒸汽牽引の客レが築堤を往く。客車の屋根に整然と並ぶベンチレータが美しい。

7日の撮影はこれにて終了し、一行は調兵山站に戻ってきた。

案の定、蒸汽の周りは黒山の人だかり。またもや傾奇者スタイルを発揮して、東風4の並びなどを撮影していた。

翌8日、この日も朝6時前にホテルを出て調兵山站に到着。

汽笛一声、盛大にドレンを吐いて蒸汽が始動する。構内灯や他の列車のヘッドライトに照らされ、神々しいまでの一瞬であった。

編成は昨日と変わらず、SY1772と1770によるプッシュプル。

一カ所目の撮影地点では晴れていれば朝陽バックのシルエットが狙えたのだが、この日は残念ながら曇天。しかも風が出ていて思うように撮れない。築堤を駆け上がる上游型、面白みのあまりない1カット。

広角側にて。こちらの方が、東北の寒村といった雰囲気で良いかもしれない。同じ場所で試行錯誤できるのはランバイ撮影の醍醐味である。

続いて工場からの発信。これは見事な煙、しかも編成後部の罐が隠れてくれた。しかし曇天で露出が厳しい。

ドラフト音も高らかに防風林を駆け抜ける上游型。個人的には、今回の鉄法での走行写真の中で一番のお気に入りである。往時の東北を駆けた快客列車の雰囲気が出ていると思うのだが、いかがだろうか。

撮影も終盤に。ボタ山を絡めたカット。錆を戴いた蒸汽とボタ山の取り合わせいうのは、実に私を10年前の鉄法へ時間旅行させてくれるようであった。

同じ地点から、こちらは勇ましく煙を吐いて駆けてくる蒸汽。ちょうど良いアウトカーブ地点があり、私を含めた日本人は殆どみなここから撮影。やはり好みのアングルにもお国柄というものがあるようで、なかなか興味深い次第である。もしくは単に中国人が「寄って撮る」のが好きなだけかもしれない。今後は彼らのことを「前進型鉄路迷」と呼ぶことにしようか。

最後のランバイ地点にて。雲の向こうから、夕陽が僅かに顔を覗かせた。郷愁の大陸蒸汽。

ツアーで来ていた中国人たちはみな帰途につく中、私は最後まで駅に居残りバルブ撮影を続行。その甲斐あって、東風4と客車、石炭車、そして蒸汽というかつての炭鉱鉄道の主役たちが一堂に会する場面をモノにできた。

自由奔放な中国人テツの価値観と行動に時には刺激を受け、時には苦笑させられた2日あまりの撮影は、あっという間に幕を閉じた。願わくば、来年以降もこの地に煙が戻ってくることを。再見、鉄法的蒸汽機車。

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