東欧旧共産圏五カ国游(2016/08)

台湾から始まった管理人の海外鉄遠征は、中国やタイと少しづつその活動範囲を広めていった。この調子で少しづつアジアを制覇していければいいなと思う反面、全く勝手のわからぬ欧州へも一刻も早く行って見たいといく気持ちも募っていた。特に、旧ソ連型の車両が今なお現役で走る東欧・旧共産圏へ。

そんな折、かねてより中国鉄道撮影でご親切にしていただいていたE氏・W氏より東欧へのお誘いをいただき、大喜びで参加させていただくことに。撮影地選びから現地での車の運転までお二人に任せっきりという申し訳ないほどの条件で、私は撮影機材だけを抱えて夏のヨーロッパに飛んだ。まずはじめに、ここで改めてE氏・W氏ご両名へ感謝したい。

記念すべき東欧一カ国目はラトビア。その首都であるリガは、ちょうどソ連型の通勤電車「エレクトリーチカ」の本拠地とも言うべき場所。8月とは思えない涼しい気候と、抜けるような青空に恵まれながら、私の東欧撮り鉄はスタートした。

ダウバガ川に架かる4連の大アーチ橋を、釣り掛け音も高らかに駆け抜けるエレクトリーチカ。

そして、旧共産圏の街といえばタトラカー。タトラとはそもそもチェコの自動車・鉄道車両メーカーであり、そこが製造した旧共産圏標準型の路面電車がタトラかーである。我々日本の身近なところでは北朝鮮でも使用されている(北朝鮮が身近かどうかは置いておく)。ここリガのタトラは珍しいポール集電。

E氏とW氏の運転で移動し、ラトビア国鉄線での撮影を開始。私は具体的にどんな撮影地へ行くのかは全く知らず、さながらミステリーツアーである。少しは勉強してからいけよ、と我ながら思う。

2TE10U牽引のタンカートレイン。やはり共産圏の車両と言ったらこの深緑色だ。しかし夏の欧州は雲が多く、なかなか光線に悩まされることに。

黄昏時を駆け抜ける流線型気動車DR1。

タンク車や無蓋車を従えた2TE10U型機関車。こちらは前に撮った同型機と比べて随分と明るい緑色。

タンカートレインがもう一発。側面に光線が回らなくなってきたので縦アングルで。さっきの罐とは少し顔や塗装が違うが、正直なところ細かい形式的な差異はよく分かっていない。

ラトビアのダウガフピルスでは、新製の車両に紛れてソ連製のトラムも現役で動いていた。下膨れで角ばった車体が、流線型のタトラとは対比的で面白い。タトラカーと同じく片運転台なので、終点ではループ線で方向転換する。

しかし本来のお目当てであるはずの車両がなかなか現れない。そう、我々一行の目的はM62型機関車、言わずと知れた旧共産圏標準型ディーゼル機関車。騒音やらなにやら様々な問題を抱え、スターリン最後の復讐とまで揶揄されつつも30年にわたり製造され続け戦後の共産圏を支え続けた罐である。

ダウガフピルスの車庫には、果たして、大量のM62原色、しかも初期車が留置されていた。どうやら運用を離脱しているだ。ラトビア内でのM62撮影は叶わぬかとも思ったが、次に向かった撮影地でなんとかその姿を収めることができた。

栗色の2M62U、これはこれでなかなか洒落た塗装である。どうやらエンジンが換装されたタイプのようだ。共産圏型の車両は外見が似通っていても形式が細分化しており、なかなか難しい。

ラトビアからリトアニアへ向かう最後の日の夕暮れ、夏らしい空と傾いた光線という絶好の条件のもとでDR1を撮影することが叶った。惜しむらくは編成の向きであるが、これはこれで悪くないような気もする。何はともあれ、この写真を携えて私は大満足でリトアニアへと向かった。

リトアニアから先はしばらく天候に恵まれないことになる。しかし、被写体はさらに魅力的に。引き続きE氏とW氏が交代で車を運転し、様々な撮影地へと連れて行ってくださった。

ロシアからの国際列車。国際列車用の客車が標準的な車体形状をしているのに対し、リトアニア国鉄の機関車は随分と馬面である。背の高い機関車というのはなんとなく一昔前のNゲージのようだ。

ラトビアではM62も何度か撮影がかなった。しかし、来るのは後期型のみ。なんとかして前期型を撮影できないものかと粘ったが、だんだん光量も悪くなり、この日の宿に向かうため撤収を決意した。

機材を片付け、さあ帰ろうかと停めてある車に向かう。ふと線路の向こうを見やると、なにやらもう一本貨物列車が来るようであった。目を凝らす。あれは、もしかして、という一瞬の希望、そして素早くカメラを取り出す。なんとか写真を撮れそうな位置に再び陣取る。

果たして、最後の最後にM62初期型はやってきた。なかなか欧州の神も気が難しいものだ。

翌日からはポーランドへ。リトアニアから北部ポーランドに入ったのち、南部まで一気に駆け抜ける。

途中で国鉄線に立ち寄り、「ゴーグル」の愛称を持つCD754型を撮影。

ポーランド南部へ向かったのは、Rabkaの復活蒸気祭へ参加するためである。ポーランドはもともとかなり最近まで現役蒸汽の運用があったメッカであり、今でも何箇所かで大規模な動態保存がなされている。

ポーランド最大級の5軸タンク機・OKz32 02が、この日の復活運転の充当であった。先ほどの客車列車を「Nゲージのようだ」と書いたが、これこそまさしくNゲージ、腰高なボイラーも併さりさながらマイクロエースのようだ。

ストレートで一発撮影し、車で追っかけ。次は峠越えの勾配区間である。

撮影日は日本では終戦記念日の8月15日、しかしここの罐は夏とは思えないほどの白爆煙をもうもうと吐きながらファインダーに飛び込んできた。

引いてもう1カット。これが8月半ばの写真とは到底思えない。復活蒸汽、侮りがたし、である。

蒸気の撮影後、いったんクラクフに戻り宿泊。翌日はさらに南のスロバキアを目指した。

これはウィーンから転入したデュグワカーであろうか。クラクフのトラムも多彩な車両が揃っており撮影が楽しい。

スロバキア国鉄の撮影。ここでも晴れたり曇ったりで悩まされたが、それでも何枚かは晴れのカットを収めることができた。

知らぬ人に「スイスの写真だよ」といえば騙せてしまえそうな長閑な光景である。

ポーランドに戻り、また少し国鉄線で撮影する。丸目玉の機関車がいかにもポーランドである。

青車体2連結の機関車。愛嬌がある顔つきである。三灯の丸目と側面のコルゲートの対比が素敵だ。

そして一旦リトアニアまで戻り、ビルニュスから国際列車でベラルーシに向かった。今回訪問する5カ国のうちで唯一ビザが必要な国であり、もっとも「ソ連」が色濃く残っているであろう地へ。

ミンスクに到着。夕飯に食べたボルシチに、ああ、EUを抜けたのだなぁ、などと不思議な感慨を抱いたりもしたものだ。

翌朝、まず向かったのはM62牽引の混合列車が残るという線区。ちょうど我々の訪問の少し前に、別の日本人鉄道ファンがベラルーシを訪れており、この混合列車も彼から貰った情報であった。待つことしばらく、のんびりとした足取りでM62が姿を現した。

初期型原型のM62、1両だけの客車、そして連なる雑多な貨車。感無量である。よく見ると機関士が身を乗り出してこちらを凝視している。

車で先回りしてもう一発。雲に気を揉んだが、通過時にはなんとか順光で日が当たってくれた。

ここからは別の線区に転戦。前の線区が混合列車ならば、今度はディーゼルカーとディーゼル機関車が連結して運転をしている線区である。

残念ながら太陽は陰ってしまったが、2M62Uの片割れを殿につけた列車が築堤を軽やかに駆けてきた。

最後尾にディーゼル機関車が付いている。やはりなかなか不思議な気分である。ちゃんと機関車の機関室に行き先表示が掲げられているのが、なんとも可笑しい。

ベラルーシ最後の撮影はミンスク郊外の直線区間で。

E氏のお目当てはこのVL80。なんとなく人の顔のような、あるいはブルドックのような愛嬌ある顔つきに、真っ赤な星が輝く。原色で色分けされた栓受けも可愛らしい。

逆サイドから、縦アングルでもう一発。罐により若干パーツが異なっている。

私が一番撮りたかったのはベラルーシの8連エレクトリーチカであったが、こちらも順光で撮影できて大満足。青地に白帯の落ち着いた塗装が素晴らしい。

翌日には、国際列車と車で一気にリガまで戻った。二週間の遠征も、あっという間に終わりである。

東欧最後の夜、リガ駅でエレクトリーチカをバルブ撮影。

翌朝にはもう一度タトラを撮り、素晴らしき被写体の数々を魅せてくれた東欧に別れを告げた。さらば東欧、次の夏にまた会おう…!

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